あるものかと、憤慨した。だって室内の調度がちゃんと映っているのですよ。椅子も、卓子《テーブル》も、それから卓子の上の洋酒の盆も。いやまだある。そこに並んでいる男と女の姿もちゃんと映っていましたよ、そんな莫迦気たことがあるものですか、と反対した。
「それだから、先刻から云っているのだ。トリックの道具立がちゃんとその部屋に出来ていたのだ。鏡に映っていると思ったのは、実は大きな硝子板の向うに、もう一つ同じ形に作った部屋が見えていたのだ。同じ配列で、裏向きにしておけばよかったのだ。人間だってそうだ。こっちと向うとに二人ずつの男女が居て、鏡にうつっているように見せかけたのだよ。いや向うの部屋には、もう一人男がいた。そいつは先にも云ったが、お前と同じ扮装をしていたのだ。何しろお前は気がおかしかったから、別人の男女をさえ、同じ顔をしているように感ちがいしたのだ。そんな場合には、常人を欺《あざむ》くことさえ容易だろう。さあそこで考えなければならんのは、なぜ二重の部屋を作り、こっちと向うの空間とを同一の空間と思わせたのだろう。その答は至極簡単明瞭である。お前の偽の姿をした男が、お前にその後の動作を暗示し
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