れだけは、実に恐ろしい」
乃公の身体は小きざみに震えてきた。おそるおそる一挙一動を鏡にうつして見るのだった。
――ポケットの中から、シガレット・ケースならぬピストルを取り出す……。
おお、それからだ!
――ピストルを握る手を、じりじりと胸の方へ上げてゆく。……じりじりと上げてゆく。
「はてな、……今日はよく合っているぞ」
乃公は期待した異常が今日は認められないのに、ほっと息を吐いた。しかしいつ急にありありと、二つの像が分裂をはじめないとも限らない……。
「ああ、大丈夫だ」
乃公は嬉しさと安心のあまり、声をあげようとしたほどだった。正しく異常はなかった。その途中わざと腕を上下へ動かしてみたが、実物と像とは、シンクロナイズしたトーキーのように、すこしも喰いちがいなく、同じ動作を同じ瞬間にくりかえしたのだった。
(この前のあの恐ろしい分離現象は、自分の心の迷いだったかしら!)
そんな風に思ったが、いやそんなに深く考えることはいらなかったのだ。なにしろ夢の中の出来ごとではないか。いろいろと理窟に合わないこともできる筈である。原っぱの真中にいて、机がほしいと思えば、奇術のように、ぽ
前へ
次へ
全32ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング