りをとりかこんでいた。そして視界《しかい》は、すっかりとじられてしまった。
「これはいかん。山にぶつからなければいいが……」
と、ひごろおちついた木谷博士が、しんぱいそうに席から腰をあげた。そのしゅんかん、機は、ものすごい音をたてた。そして人々は、あっという間に、てんじょうにほうりあげられた。
「墜落《ついらく》だ。早く機から外へ出ろ……」
道彦の耳に、だれかの声がはいったが、彼は、その後のことをよくおぼえていない。
遭難《そうなん》に乱《みだ》れず
道彦が気がついたときは、彼は、くらやみの中にいた。ガソリンの、たまらない匂《にお》いが、彼の鼻をつよくつきさすので、彼はたまらなくなって、大きなくしゃみをした。
「おお道彦か。気がついたらしいな。どうじゃ、気分は、どこか痛《いた》まないか」
くらやみの声は、木谷博士《きたにはかせ》にちがいなかった。
「あっ、先生、ぼくは、大丈夫です。しかし、からだがうごきません」
「そうか。お前のからだが冷えないように、ありったけの毛布でくるんであるんだ」
「ああ、そうですか。――飛行機は、ついらくしたんですね」
「うむ、山の斜面《しゃめん》にのりあげたんだ」
「みなさんは、どうしました」
「……む」
博士は、しばらくうなっていたが、
「かなり、ひどいけがをした。が、まあ、そのことに気をつかわないのがいい。とにかく、お前が大丈夫なら、こんな幸いなことがない。風邪《かぜ》をひかないようにして、夜の明《あ》けるのを待とうよ」
博士は、やさしいうちに、道彦を力づけた。そして彼の口にぷーんといい匂いのする葡萄酒《ぶどうしゅ》の壜をあてがった。夜明までにずいぶんながい時間がかかったように思った。しかし、東の空が、うっすらと白みかかったのがわかったとき道彦は、とびたつほどうれしかった。
「先生、夜が明けてきました」
博士は、横の座席で、これも毛布をうんとからだにまきつけ、だるまさんのようなかっこうになってねむっているようであった。
「先生、先生!」
道彦は、博士をよんだ。しかし博士は、それにこたえなかった。
道彦は、立ちあがって、博士をゆりおこしにかかった。だがそれはむだであった。博士は、こんこんとしてねむっていた。
「……もしや、先生は、死にかかっていられるのではないかしら。そうだとすると、だれかをよんで、なんとかして助けなくては……」
道彦は、明かるくなった機内を見まわしたが、ふしぎにも、博士のほかにはだれもいなかった。
「みんな、どうしたのであろうか」
彼は、通路をあるいていった。通路の正面の扉《とびら》があいている。そこを入ると、戸口が見える。その戸口《とぐち》もあいていた。そして、あけかかった空を背にして、雪山がひどくかたむいていた戸口までいくと、はっきり事情がわかった。なるほど、ヤヨイ号は、かたい雪の斜面《しゃめん》に、ななめにかしいだまま、腹ばいになっているのであった。左の翼《つばさ》が、根もとから、もぎとられている。機首《きしゅ》は雪の中につっこんでいた。
道彦はびっくりしたが、しいて気をおちつけ、雪のうえに下りた。すると、機から十メートルばかりへだったところに、テントが、柱《はしら》もしないで、雪のうえにひろげられていた。なにをするために、そんなことをしてあるのかと、彼はその方にあるいていったが、とちゅうで彼は、うむとうなって立ちどまった。それはテントの下から、人間の足が見えたからであった。
テントをめくって、その下を見る必要はない。道彦は、急に頭が、ふらふらとしてきたが、こんなことで、よわい気を出してはならないと思い、げんこをかためると、われとわがあたまをがーんとなぐりつけた。
(……生き残ったのは、先生と自分だけらしいようだ。いや、先生も、このままにしておけば死んでしまうぞ)
道彦はしっかりしなくてはならないと、自分の心をはげました。なんとかして、先生をたすけること、それから、この大椿事《だいちんじ》を東京へ知らせること、この二つを早くやらなければ、彼のつとめがすまない。彼は、決心をした。どうやら、ここは、ヒマラヤ山脈の高峰らしいが、どこかに、人間はいないであろうか。登山者がいてくれるといいのだが、あるいは山番でもいい。
太陽は山のはしからのぼって、雪山一たいをぎらぎらとてりつける。道彦は、かたい雪のうえを、いくたびかすべりそうになって、それでもやっとがけのふちまで、たどりついた。そして、谷の方を、おそるおそる見下ろしたのであった。
雪のほかに、何一つ見えない大雪谿《だいせっけい》が、はるか下の方へのびている。向いの山も、まっ白であって、山小屋はもちろん、石室《いしむろ》らしいものさえ見えなかった。そうでもあろう。ここはよほどの奥山らしい。
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