んとうにするだろう。さあ、行ってみよう」
 道彦はまさかと思ったが、怪人が、あまり熱心にすすめるものだから、一しょにいくことにした。怪人は先に立って、たくみに氷の崖《がけ》をおりていった。ときには、道彦をだいてくれたりした。
「ほら、もう、ここからだって、見えるのだ。あの谷底《たにそこ》を見たまえ。わしのからだの形がのこっているじゃないか」
「どこ?」
「ほら、この指の先を見たまえ」
 道彦は、怪人の指す方を見た。どこだかよくわからない。岩かどをにぎっている指先が凍《こお》りついて痛くなった。その痛みは、指先から全身へひろがっていった。やがて、頭がきりきり痛み、そして耳ががんがん鳴りだした。目が見えなくなった。
(あっ、あぶない!)
 と、道彦は、根《こん》かぎりに叫《さけ》んだ。
「おい、どうした。道彦!」
 彼の名をよぶものがある。
 はっと思って、道彦は眼をあいた。すると、そばに、木谷博士の顔が、にこにこと、彼をのぞきこんでいた。
「お前が、あまりうなされているものだからなあ。なにか夢を見ていたね」
 夢? 気がつくと、飛行機は、エンジンの音もすこぶる快調に、おだやかに飛んでいるではないか。
「先生、これは何号《なにごう》ですか」
「何号? ヤヨイ号じゃないか」
「ああ、やっぱりヤヨイ号か。――ああ、よかった」
「なにが、よかったって」
 博士にきかれて、やむなく道彦は、ヤヨイ号の遭難《そうなん》のことや、氷河期の怪人があらわれたことなどを話した。
 すると博士は、笑いながらうなずいて、
「ああ、そうか。ヤヨイ号は、ぶじに雲をぬけて、ヒマラヤ山脈は、もうはるかうしろになってしまったよ。それから、お前が、氷河期の夢を見たのは、ヒマラヤの雪山を見て、現に今もあそこに残っている氷河のことを思いだしたからだろう。それから氷河期はなぜ来たかというその怪人の話は、この前、わしがお前に話してやった最近の学説そっくりじゃないか。あはははは」
 博士は、おかしくてたまらないというように、腹をおさえて笑った。
「そうだ、あの怪人は、わしは氷河期時代の人間だなどとみょうなことをいったっけ。あそこで、これは夢だなと、気がついてよかったはずだったのに」
 道彦もおかしくなって、げらげらと笑いだしたが、その笑いはなかなかとまらなかった。



底本:「海野十三全集 第7巻 地球要塞」三一
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