「知らない者には、そのものすごさが、わからないよ。そして下がってきた月は、浪に洗われるんだ。そして、そんなことがくりかえされているうちに、小さい月は、浪のため、けずりとられ、こなごなの灰となって、空中にとびちった。その灰がたいへんな量だ。空は、その灰のためまっ赤になり、やがてだんだんまっ黒になっていった」
 怪人は、空を見あげながら、そのときを思い出してか、おそろしさに肩をふるわせ、
「……はじめは、赤く見えていた太陽も、だんだん空中にひろがるものすごい月のかけらの層《そう》にさえぎられ、やがて、とうとうわれらの眼に見えなくなった。世の中は、まっくらになった。日蝕《にっしょく》どころではない。何十日何百日、いや何十年何百年と、まっくらになったのだ。太陽の光が、さっぱり地上へとどかなくなったものだから、地球の表面は、急に冷えだした。そして氷河期が来たのだ。地球のうえをあつい氷がおおいかくしたのだ。ああ、大自然《だいしぜん》の力は、おそろしい」
 怪人は、両手で、われとわが胸をしめつけた。
「……われら一部のモリアン族は、はやくも先を見とおし、さっきもいったように寒冷《かんれい》をふせぐ用意をし、食物をたやさない準備をして、山奥の穴の中にこもったので、ようやくたすかったのだ。いや、たすかって、今日まで生きのびたのは、わしひとりだが……」
 道彦の眼は、いつしか熱心にかがやいて、怪人の顔を見つめていた。二十万年前の人類が、どうして今、生きているかふしぎでならないけれど、この怪人の物語《ものがた》る氷河期前後のようすは、どこかで聞いたような話であり、たしかにりくつにあっているのであった。
「さっき、氷から出てきたといったが、氷の中に閉《と》じこめられていたの」
 道彦がたずねた。
「そうだ。そんなに用心していたが、だんだんと、寒さが上から下にさがってきて、地下水《ちかすい》がこおりだしたのだ。穴が浅いために、多くの人間は、水びたしになったまま、氷の中に閉じこめられた。わしもその一人だった。しかし、この間、ふと気がついたら、顔の上の氷がとけていたんだ。おどろいたねえ」
「まさかねえ」
「君は、わしのいうことを信用しないと見える。じゃあ、わしが氷に閉じこめられていたところへあんないしてやろう。そこには、まだわしのからだのかっこうがついているくぼんだ氷があるから、それを見ればほ
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