地球以外の不思議な遊星に棲む見知らぬ人からの放送遺言状の言葉が恐ろしい呪いの「二秒、一……」という数字にこめて聴えたと思ったらパタリととだえた。彼はものすごい緊張をもって、これにつづく音響を、たとえそれがいかに小さくとも聴きのがすまいと、長い円錐のように尖りきった全身の神経を聴覚にあつめた。
「カリ、カリ、ガッ、ガッ、ジジ、カリッ……」
さてはやったな。あの男をのせた遊星は霧のごとくに飛び散ったことであろう。反対派の教授たちは……。群衆は……。
と考えた次の瞬間である。
その瞬間の出来事である。
わが天野祐吉は怖ろしい光り物を見た。と思ったら彼の頭上にあたる棟木がまっ二つに破れて彼に蔽いかぶさった。ガスタンクの爆発と十二階が倒れるような音響と家鳴り振動。バリバリと何ものとも知れず降りかかる。
と思ったら祐吉が恐ろしい呻きを発した。それと同時に彼の背後から下肢へかけて焼けつくような激しい痛みをおぼえたが、なおさまざまの小片がパラパラと眼前に飛んでくるのがわかった。
咄嗟に彼は気がついた。
「しまった!」と彼は叫んだつもりであった。
遺言を放送した男の棲んでいた遊星が崩壊したのでことは終ったと思ったのは大間違いだった。激烈なる加速度的崩壊力はついに停止するところを知らず、かの遊星の崩壊によって生じた無限の力はさらに他の遊星に波及し、その遊星をも一瞬にして破壊四散せしめ、いっそうの勢いをえてそれからさらに……おお宇宙は滅亡する。大宇宙はことごとく崩壊しさるのだ。大宇宙が隕石一個もあまさずやきつくし、蒸発しつくさなければこの恐ろしい崩壊はおさまらないであろう。
なかば失われた彼の意識は空の大きなガラス瓶の中をのぞいたときのように塵一本もうかがえぬような透明さと静けさにかえってゆく大宇宙の姿を脳裏に描いてみるとともに、残る半分の意識も永遠に死んでしまった。
*
その翌朝の東京の諸新聞紙には、いずれも初号活字で「無許可で超短長波の無線電話放送をやっていた男」が昨夜ついに逓信局の手に逮捕せられたことと、「白川飛行学校の夜間飛行挙行の一機が民家に墜落して、屋根を破ったのみか天井裏でラジオ研究中の同家長男天野祐吉(二四)を惨死せしめた大椿事」という二つのニュースが、肩をならべたように第五面を賑わしていた。
哀れな祐吉はそれを知らなかった。彼のためには、その真相を知らないほうが幸福だったにちがいない。
底本:「十八時の音楽浴」早川文庫、早川書房
1976(昭和51)年1月15日発行
1990(平成2)年4月30日2刷
入力:大野晋
校正:もりみつじゅんじ
2000年1月1日公開
2006年5月20日修正
青空文庫作成ファイル:
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