原子についで簡単な構造をしているものでありまして、中心の核は四個の陽電気と二個の陰電気とがかたまったもので、その核のまわりを二個の陰電気が廻転しているのとおなじことです。ヘリウム原子の重さは四に相当しますが、ここに不思議な事実があるのです。
水素原子が陽陰一対の電気でできているし、ヘリウム原子は数えあげるとちょうど陰陽電気四対からできあがっていますから、ヘリウムは水素原子の四倍の重さがなければならないわけです。
ところが水素原子の重さである一・〇〇八を四倍しますと四・〇三二となってヘリウム原子の本当の重さ四よりは〇・〇三二だけ重いことになります。これはいったいどうしたわけで等しくならないのかということを考えてみました結果、水素原子のように陽陰電気が単独に動いている場合とはちがってヘリウムの核のように、核のなかに四個の陽電気と二個の陰電気とがいっしょにかたまらなければならなかったときには、その重さが減るということがわかったのです。つまり四個の水素原子が一個のヘリウム原子になると〇・〇三二だけ軽くなるのです。
〇・〇三二だけ軽くなって、その重さに相当するものはどんな形に消滅してしまうのかということを考えてみますのには、これはじつに勢力《エネルギー》に変換せられることがわかりました。これは相対性原理から説明のつくことで、すべて物の重さというものは、電力や機械力とおなじように、ある量の仕事をすることができる力、すなわちこのところでいう勢力《エネルギー》に変成せられるものであるということがわかりました。
これを計算してみますと、一グラムの水素原子が全部へリウム原子になったとすると十三万四千馬力で一時間ひっぱるほどのとても素晴らしく大きな電力になります。たった一グラムの水素をヘリウムに変成したばかりで特急列車が七十組同時に動くのですから大変な力ができるわけになります。
この怖るべき事実から出発して、こんどおこなわれようとする実験――酸素をチロリウムに変成するときには、たった一グラムの酸素を蚤の眼玉ほどのチロリウムになおすために発生する力は、水素をヘリウムに直した場合の約十万倍であって、馬力にすると百三十億馬力となって私らでは到底想像することのできない悪魔のような巨大な力です。ことに近く、ここにご列席の方々によって行なわれる実験には七千グラムの酸素をお使いになるそうですから、その実験が成功したときにでてくる勢力《エネルギー》は、胸に考えてみただけで脳貧血になりそうな莫大なものです。
私はその巨大な勢力《エネルギー》が飛びだしてきたときのことを考えると慄然といたします。多分その驚くべき巨大な力は簡単に人類に操縦されはしないでしょう。
私は想像します。おおそれはもっとも恐ろしき出来事の端緒となることでしょう。かくも短い時間のうちにかくも小さい空間に発生せられた巨大なる勢力《エネルギー》は人力を超越し、人意を踏みにじって、そこに現われてくるものは第二次の原子変成現象、第三次の原子変成現象、それからまた第四次、第五次と引きつづいて起り、とめどもなく膨脹拡大する原子変成《アトミックトランスフォーメーション》が数万の雷鳴と地震と旋風とを同時にこの世界に打ちつけ、その結果、衝突と灼熱と崩壊と蒸発と飛散とが一時に生じて瞬《またた》くうちにこのなつかしきわれらをのせている球形の世界を破滅消滅しさってしまうことであろうと信じます。
*
私の講演がこのところまで進んできたとき、会場の前列に坐っていたチロリウム製造実験を専攻する教授連はいっせいに満面を朱のごとくにして両腕を頭よりも高く打ちふるわせながら立ち上った。それからのちの会場の混乱は説明する必要がない。教授の一人が『ニュートンの法則を忘れた君は物理学界からただちに破門すべきだ』とか『千古不易の勢力不滅律はどうしてくれるんだ』など、私の耳の近くでどなった。私はいまもその憎悪にみちた教授の顔を憶いだす。次の瞬間に私は襲いかかる潮のごとき群衆の前に気を失ってしまった。私が腕一本と左眼を失ったのはじつにこの時だった。おおもはや三十秒だッ! まさに三十秒、二十八秒、二十六秒!
裁きの時は近づいた。俺の言ったことが当るか、世界の馬鹿どもが言ったことが当るか。ああ俺は気を失いそうだ。あの大学の馬鹿教授連が神を恐れぬ実験のスウィッチを入れる瞬間は、もう間近かに迫った。もう十秒だ。俺は負けないぞ、負けないぞ! わが遺言状よ。わがたましいを運び去れ! ううう……三秒。おのれくそッ! 二秒、一……」
*
そのとき天野祐吉は額からポタポタと油汗を流し、顔を受信装置のパネルにグイグイと圧しつけ、受話器のあたっている耳は今にも融けそうに真紅《まっか》にもえていた。
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