みはあまりにひどくはないかと思います。チロリウムは人類に適度に服用せられて不老不死の大目的を達するという証明の出るやいなや人々はあらゆる醜い争闘を演じてこの稀代の霊薬を手に入れようとあせっています。ラジウムよりもいっそうその存在量の少ないチロリウムが、結局人類のすべてへの需要をみたすためには到底あたりまえな分配方法では数人の人類を満足させることもできません。そのためについにここにチロリウムの人造があらゆる研究費を惜しまず試みられました。
 その結果もっとも興味あるチロリウム製造法は、十八の原子酸素をある手段により集めてチロリウム一原子に変成して、多量のチロリウムを造ろうという方法で、それは今日《こんにち》ここにご臨席の方々のうち、数人の方によってだいたい信じられている次第です。
 しかしぜひこのことを行なうまえに一度よく考えてみなければならぬことがあります。それは人間は誰も彼も不老不死で生きのびたいという欲望を起すことは、はたして許し得べきことだろうかということです。そして第二には酸素原子をチロリウム原子に変成する実験ははたして安全に取りはこびうるものであるかという二つの疑問なのであります。私はいずれのこともみんな私たちにとってすこぶる有害であることを力説したいと思います。
 第一すべての人間が不老不死をねがい他人を押しのけてもチロリウムを入手してこれを服用しようということは神によって造られた人間の犯すべからざる権限であり、さらに骨肉相食む類の醜態を誘発して人類の風紀は下等動物以下に堕落するのは火をみるより明らかなことで、人類の自制によって極力避けなければならぬことです。
 第二は酸素ガスをチロリウムに変成する実験はもっとも怖るべき惨禍発生を充分はらんでいるものと私は断言いたします。これに対する私の観察は私の専門たる物理学上の新学説としてとくにご聴取ねがいたき論点であります。
 私は長いあいだ物質構造学研究の結果、水素原子とヘリウム原子とのあいだに横たわる不思議な事実について一つの説をたてました。ご存じのとおり水素原子は現存の物質中もっとも構造の簡単なものでありまして、核にあたる一個の陽電気とこれをめぐって回転している一個の陰電気とから組織せられています。そしてその原子量となりうる重量は一・〇〇八にあたっています。
 またヘリウム原子というのは、あらゆる物質中で水素
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