の惨状《さんじょう》は眼もあてられません。崩れた岩石の間から、半分ばかり無惨《むざん》な胴体をはみ出している機関車、飛び散っている車輪、根まで露出《ろしゅつ》している大きな松の樹など、その惨状は筆にも紙にもつくせません。しかし幸《さいわ》いにも、一向あとから掘りかえした跡もありません。まず西口《にしぐち》は大丈夫だということがわかりました。
 一行はなおも隧道の全体にわたって異状がないかどうかを調べるために、崩れた崖をよじのぼって、隧道の屋根にあたる山の上を綿密《めんみつ》に検《しら》べてゆくことになりました。
「どうやら大丈夫のようだね」
「すると化物は、皆この足の下に閉じこめられているというわけなんだな」
 巡視隊の警官も、さすがに気味《きみ》わるがって、足音をしのばせて歩いていました。
「オヤッ」
「オヤ、これはどうだ」
「オヤオヤオヤオヤ」
 安心しきっていた一行は、急に壁につきあたりでもしたかのように、立ち止《どま》りました。私も遅《おく》れ馳《ば》せに駈けつけてみましたが、鳴呼《ああ》これは一体どうしたというのでしょう。山の上に、まるで噴火口《ふんかこう》でもあるかのように、ポッカリと大穴が明《あ》いているのです。穴から下を覗《のぞ》いてみますと、底はどこまでも続いているとも知れず、真暗《まっくらで》見透《みとお》しがつきません。
「こんな穴は、以前から有ったろうか」白木警部は不安に閃《ひらめ》く眼を一同の方に向けました。
「いいえ、ありませんです。ここはずッと盆地《ぼんち》のように平《たいら》になっていて、青い草が生えていたばかりですよ」
「ほほう、すると何時《いつ》の間に出来たのだろうか」
「もしや……」
「もしや何だッ」と警部は声をはりあげて聞きかえしました。
「もしや、あの化物が明けたのでは……」
「そんなことかも知れん。天井の壁さえ抜けば、あとは軟《やわらか》い土ばかりだったのかも知れない」
「すると化物は、どッどこに……」
「さあ――」と警部が不図《ふと》傍《かたわ》らの土塊《どかい》に眼をうつしますと、妙なものを発見しました。
「おお、そこに人間の足が見えるではないか」
 一行はあまりに近くへ寄りすぎて、穴ばかりに気をとられ、傍らの堆高《うずたか》い土塊に気がつかなかったのです。そこから二本の足がニョッキリと出ています。全く裸の脚です。誰の足でしょう。行方不明になった谷村博士も黒田警官も洋服を着ている筈です。兄は私と同じく和服でありました。するとこの裸の足は、ああ……
 私はそう思うと、頭がクラクラとしました。謎を包んだ大きい穴が、急にスーと小さくなって、釦《ボタン》の穴ほどに縮《ちぢ》まったような気がいたしました。それっきりでした。私は大きい衝動《しょうどう》にたえきれないで、恐ろしい現場《げんば》を前に、あらゆる知覚《ちかく》を失ってしまいました。暗い世界に落ちてゆくような気がしたのが最後で、なにもかも解《わか》らなくなったのです。


   覚醒《かくせい》のあと


 或るときは、月光の下に、得体《えたい》の知れぬ鬼影《おにかげ》を映しだす怪物、また或るときは、変な衣裳《いしょう》を着て闊歩《かっぽ》する怪物、その怪物を、うまく隧道《トンネル》の中に閉《と》じこめたつもりであった警官隊でありましたが、隧道の上に、なんとしたことか、大きい穴が明いていたのです。もしやこれが、怪物の逃げ出した穴ではないかしらと、白木警部はじめ一同が、その穴の縁《ふち》に近づいたとき、傍《かたわ》らの盛土《もりつち》の中から、二本の足がニョッキリ出ているのを発見して大騒《おおさわ》ぎになり、私は、その足の主が、きっと兄の帆村荘六だろうと考え、なんという浅ましい光景を見るものかなと思ったとき、気を失ってしまいました。――と、そこまではお話しましたっけネ。
 それから、どのくらい経《た》ったのか、私には時間の推移《すいい》がサッパリ解りませんでした。フッと気がついたときには、あの凄惨《せいさん》な小田原の隧道の上かと思いの外、身はフワリと軟《やわらか》いベッドの上に、長々と横になっているのでありました。
「ああーッ」
 私は思わず、声を放《はな》ちました。(ああ、気がついたようだ)(もう大丈夫)などという囁《ささや》きがボソボソと聞えます。ハッと気がついて周囲《まわり》をキョロキョロと見廻すと、これはどうしたというのでしょう。傍《かたわ》らに立って、こちらへ優しく笑額を向けているのは、あの悲歎《ひたん》の主《ぬし》、谷村博士の老夫人だったのです。いや駭《おどろ》きと意外とは、そればかりではありません。いまのいままで、惨死《ざんし》したとばかり思っていた兄の荘六までが、警官や手術衣《しゅじゅつぎ》の人達の肩越しに、私の方を
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