南シナ海の真只中の飛行島において、語るは英国人リット少将とソ連人ハバノフ氏であった。
 恐るべきユダヤ人の大陰謀ではないか。
 ああわが東洋の君主国日本には、誰一人、この大陰謀を知る者はないのであろうか。……


   変なペンキ塗工


 その時であった。
 英国士官の服をきた一人の英人が、手に一枚の紙片を握り、顔の色をかえて、リット少将のいる塔の方へ甲板を小走りにやってきた。
 塔の入口に駈けこもうとしたとき、いきなり英国士官の頭の上にがたんと音がしてなにか硬いものが落ちてきた。――見るとそれはペンキがべたべたついている刷毛《はけ》であった。
「おや」
 と思って上を見ると、塔の屋上にたてた檣《ほばしら》によじのぼって、ペンキ塗をやっていた中国人らしいペンキ工が、その刷毛をとりおとしたのだった。
「謝《シェ》、謝《シェ》」
 と、中国人は檣からするすると下りてきて士官の前にぺこぺこ頭をさげた。ペンキ工はどこで怪我したのか、頭部には繃帯をぐるぐるまいていた。
「気をつけろ」
 英国士官はむっとして、刷毛の方へ手をのばしたペンキ工の顔を、靴でもって力まかせに蹴とばした。
「あっ、――」
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