ジャックがのっそり進み出て、
「この日本の小猿めは、しぶとい奴ですよ。かまうことはありませんよ。素裸《すっぱだか》にして、皮の鞭で百か二百かひっぱたいてやれば、すぐに白状してしまいますよ」
「そういう乱暴は許されない。そんなことをすれば、私はこの水兵の生命をうけあうわけにはゆかない」
 とドクトルが反対した。
 リット少将は、賛成とも反対ともいわず、寝台の上に歯をくいしばっている杉田二等水兵の顔をじっと見下していた。


   重傷の水兵


「ジャック。水兵杉田に、私が見舞に来たといえ」
 リット少将はおもむろに口を開いた。
「へえい」
 と答えてヨコハマ・ジャックは、憎々しく幅の広い肩をゆすぶって寝台に近づいた。
「こら、杉田水兵。飛行島の団長さまリット閣下がおいでになったぞ。眼をあけて、御挨拶を申しあげるのだ」
 杉田はなにも答えなかった。ただ太い眉がぴくりと動いただけで、とじつづけている瞼をあけようともしない。
「太い奴だ。こら杉田、眼をあけろというのに。――こんなにいってもあけないな。うん、じゃあいつまでもそうしていろ。こうしてやるぞ」
 と手をさしのばして、杉田の顔をつかみかかろうとするのを、ドクトルは横合からさしとめた。
「患者に手をかけてはならぬ。私は主治医だ」
「なにを、――」
「おいジャック。もういい、やめろ」
 と、リット少将はジャックをとめた。
 ドクトルはその方を向いて、
「リット少将。このような乱暴がくりかえされるのでありますと、私はこの患者の生命を保証することはできませぬ」
「いやわかっている。ジャック、お前はすこし手荒いぞ。ちと慎め」
「なにが手荒いものですか。私は昨日、この日本の小猿めに床の上に叩きつけられたものです。そのとき腰骨をいやというほど打ちつけて、しばらくは息もできないほどでした。その仇をとらなくちゃ、ヨコハマ・ジャックさまの――」
「こら黙れ。この上乱暴すると、飛行島の潜水作業の方へ廻すぞ」
 とリット少将がきめつけると、ジャックはたちまち顔色をかえて、
「あっ、そいつばかりは御免です。潜水作業はあっしの性分に合わないんだ。この前十分に懲りましたよ。あんな深いところに推進装置をとりつけるのは――」
「おい、飛行島の秘密をしゃべっちゃならぬ。貴様は何というわからない奴だ」
「ほい、また叱られたか」
 ジャックは両手をポケットにいれて、肩をすくめた。
 その時あわただしく扉をあけて、スミス中尉が入ってきた。
「おおリット少将。至急、御報告することがあります」

「スミス中尉か。何ごとだ」
「今しがた、飛行島の左舷近くに、昨夜海中にとびこんだところを射殺しました日本のスパイ士官らしい死体が浮かんでいるのを発見いたしまして、引揚げてあります。ごらんになりますか」
「なに、あの川上機関大尉の死体が発見されたというのか」
 とリット少将は眼を輝かした。
「そのとおりでございます。それで、いかがいたしましょうか」
「死体が見つからなかったときには、川上の行方をもう一度厳重に探さなければならぬと思って、いまもそれを考えていたのじゃ。万事思う壺で、満足じゃ」
 川上機関大尉の死体が発見されたとは、全く一大事であった。
 英語を知らない杉田二等水兵は、別におどろきもせず寝ていたが、もしそれを知ることが出来ていたら、どんなに歎いたことであろう。
「おい、スミス中尉。その死体はたしかに川上機関大尉にちがいないかね」
 何を考えたか、リット少将が突然思いがけない質問を放った。
「なんとおっしゃいます」
 と中尉は自分の耳をうたがうように、少将の方を注目した。


   涙、涙、涙


「リット少将。昨夜も御報告申し上げましたように、川上機関大尉を中甲板舷側に追いつめました時、彼は苦しまぎれに、塀を越えて海中にとびこんだのです。それを上からさんざん撃ちまくったのです。さっき東側の舷《ふなばた》近くの海面で発見した死体には、弾丸《たま》が二十何発も命中していましたし、これに間違いありません」
「そうか。弾丸は捜査隊員のもっていた銃から出たものに相違ないか」
「そうであります。うち一発は、すぐ取出せましたので改めてみましたが、たしかにこっちの機関銃の弾丸でありました」
「じゃ、その死体を見ようじゃないか」
 リット少将は、スミス中尉に案内させて、舷ちかい甲板の隅に寝かしてある死体を見た。それはほとんど裸に近い東洋人であった。たしかに二十何発の命中弾のあとをかぞえることができる。
「念のため、水兵杉田にこれを見せてみろ。彼がどんな顔をするか、それによって、真偽のほどが確かめられるだろう」
 どこまでも考え深いリット少将は、スミス中尉に眼くばせをした。
 杉田水兵は、いきなり背の高い患者運搬車にのせられたので面喰った
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