やりこの地点に根をはやしているのではない。時速三十五ノットでもって移動ができるのですよ」
「なに、飛行島が三十五ノットで走る」
 ハバノフ氏は、おどろきの眼をみはった。


   世界の大陰謀


「こんなに大きな飛行島が三十五ノットで走るなんて、そんなばかなことがあるものですか。三十五ノットといえば、大型駆逐艦か甲級巡洋艦の速力だ」
 と、ハバノフ氏は信用しない。
「いや、ところがちゃんと三十五ノットで移動できるのです。日本海軍の一万|噸《トン》巡洋艦でも追駈けることができますよ。――いや、まだ驚くことがある。これは極秘中の極秘であるが、この飛行島には最新式のハンドレー・ページ超重爆撃機――そいつは四千馬力で、十五|噸《トン》の爆弾を積めるが、その超重爆撃機を八十機積むことになっている。だからこの飛行島は、見かけどおりの飛行島ではなく、世界最大の航空母艦なんです。どうです、これで驚きませんか」
「ほほう、それは初耳だ。――でもまさか超重爆がこの短い飛行島甲板から飛びだすとは、常識上考えられませんよ」
「それは御心配には及ばん。飛行甲板は、戦車の無限軌道式になっていて、猛烈なスピードでもって飛行機の飛びだす方向と逆に動くのです。だから飛行甲板を走りきるまでには、甲板の長さの幾層倍かの長い滑走路を走ったと同じことになる。これだけ申せばもうお分かりのとおり、どんな重い重爆だって楽にとびだせますよ。どうです。驚いたでしょう、ハバノフさん」
 ハバノフは、上着のポケットからハンカチをだして、しきりに額の汗をぬぐっている。
 飛行島が、実は世界最大の超航空母艦だということがやっとのみこめて、肚の底からびっくりしているのであった。なんというたいへんなものを造った英国海軍であろう。
「まだ驚かすことがあるんだが、そいつはまあいずれ後のことにしましょう」
「えっ、まだ驚くことがあるんですか」
「あっはっはっはっ。この飛行島一隻がありさえすれば、極東のライオンも、だまってひっこむより仕方がないでしょう」と暗に、日本を押しかえす力があることをほのめかし、
「しかしこんな恐しい超航空母艦であることは、当分のうち絶対秘密にしておかねばなりません。もしも日本に知れるようなことがあれば、あの東洋の無茶者は、どんな乱暴をはたらくかしれない。だからこの飛行島では、ただ一人の日本人も使っていない。ハバノフさん。貴下にうちあけたこの飛行島の秘密は、大したお土産でしょう。さあ、今こそ貴下の国は、私の国と手を握るときです。そして日本をおさえつけなければならん」
 そういってリット少将は、ハバノフ氏の耳許に口をもってゆくと、なにか小声でささやいた。それを聞いていたハバノフの顔色が、緊張のために紙のように白くなった。
「おおリット閣下。ここで私の決心もきまりました。スターリン議長にたいし、出来るだけの説明をしましょう」
「いや、ぜひわれわれの軍事同盟をつくりあげねばなりません。ねえ、お互にユダヤ人の血をひいている兄弟ではありませんか。われわれユダヤ人は、ソ連においても、わが大英帝国においても、また米国においても、銀行をひとり占にしている。その大きな金の力によって、政治を動かすこともできるし、新聞や映画などでわれわれの敵をやっつけることもできるし、もちろん軍隊を動かして戦争をさせることもできる。ユダヤ人の国というのはないが、われわれは世界の大国のうしろに隠れていて、それをあやつることができるんだ。一つ握手して、まず第一に東洋においてわれわれに反対する日本をぶっつぶさなければなりません」
 恐るべき反日の言葉が、ユダヤ系の英国人のリット少将の口から洩れた。
「そうです。日本はわれらの国ソ連にとっても大敵です。日本はコミンテルンの敵です。一昨年から、コミンテルンの大会において、日本をぶっつぶすことを決議し、そのために中国をまず赤化してかかろうとしたのです。日本は建国以来二千六百年になり、万世一系の天皇をいただいているので、なかなか亡ぼすのに骨が折れます。それでも数年前までは、われわれの計画がうまくいって、国内には議論がわかれたり、国民がへんな歌をうたったり、妙な服や化粧に夢中になったりして、ぐにゃぐにゃになっていたんだが、近頃になって日中戦争が起ったり、ドイツやイタリヤなどと防共協定を結ぶようになってからは、生れかわったような強い国民になった。だから、私は日本という国は、実に恐しい国だと思う。日本をやっつけるために、われわれはもっともっと空軍を強くし、戦車や潜水艦をうんと造り、また日本国民の心がぐにゃぐにゃになるような宣伝や、それからだらしのない遊びなどを日本に流行らせなければならん――とまあ、そんな風に考えでいるのです」
 ハバノフ氏はそういって、大きな口を結んだ。
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