だ。ほら、いつか現れたホ型十三号という日本海軍が誇る最新型のやつだ」
「うん、あれか。早く撃沈してしまわないと、飛行島にもしものことがあっては」
「なあに、怪潜水艦のいた海面は、すっかり取巻いたから、もう心配なしだ。味方は飛行機と潜水艦とで百隻あまりもいるじゃないか」
「どうかな。闇夜のことだし、相手はなにしろこの前も手を焼いた日本海軍の潜水艦だぜ」
 光弾はひっきりなしに空中から投下される。
 駆逐艦は、警戒海面のまわりをぐるぐるまわって、命令があれば直ちに爆雷をなげこむ用意ができている。
 攻撃機は、空中からしきりと怪潜水艦の姿をさがしている。
 リット少将は、日本潜水艦現るとの報に、愕然と顔色をかえた。
「ふーん、そうか」
 と大歎息して、
「さっき警備隊が祝電をよこしたが、こいつは危いと思ったのじゃ。こっちから警備のお礼電報をだすのはわかっているが、警備隊の方から祝電をよこすなんて、警備に身がはいっていない証拠じゃ。これでも世界に伝統を誇る英国海軍か」
 副官がその時恐る恐る少将の前に出てきた。
「検閲点呼のことにつきまして、至急お耳に入れたいことがございます」
「なんじゃ、検閲点呼のことじゃ。君は気が変になったのか。日本潜水艦現るとさわいでいる最中に、検閲点呼のことについてもないじゃないか」
「はっ、しかし重大事件でございますので。――分隊長フランク大尉が、只今機関部で、ピストルを乱射いたしておるそうであります。当直将校からの報告であります」
「なに、フランクがピストルを乱射しているって。誰を撃ったのか」
「さあ、それについてはまだ報告がありません。なにしろ第四エンジン室内の電灯は消え、銃声ばかりがはげしく鳴っておりますそうでして――」
「ええっ、――」
 ときもとき、日本潜水艦の追跡をうけている最中だというのに、突如として飛行島内に起ったフランク大尉の暴挙!
 リット少将は蒼白となって、傍の椅子にくずれかかるように身をなげた。
 電灯の消えた第四エンジン室の暗闇中では、そもいかなる椿事がひきおこされているのであろうか。
 フイリッピン人カラモを装う川上機関大尉の安否は、果して如何?


   エンジン室の乱闘


 試運転中の飛行島の艦側に、暗夜の出来事とはいえ、あろうことかあるまいことか、仮想敵国の日本の潜水艦ホの十三号が、皮肉な護衛をしていたのに誰も気がつかなかったと聞くさえ腹が立つところへ、今また、あれだけ注意を与えておいたのに、機関大尉フランクが、大事な第四エンジン室でピストルを撃って暴れているという。リット少将が司令塔の床を踏みならして怒っているのも無理はない。
「誰でもいい。フランクを取り抑えてこい」
 副官はスミス中尉と顔を見合わせた。
「では私がスミス中尉と一しょにとりしずめてまいりましょう」
「うん、早くゆけ。ぐずぐずしていると、大事なわが飛行島の機関部に、どんな大損傷が起るかもしれん。海軍士官はたくさんあるが、飛行島はかけがえがないのだからな」
「えっ?」副官は、ちょっと自分も一しょに侮辱されたように感じて、むっとしたが、そのままスミス中尉をうながして、下へ急ぎおりていった。
「馬鹿な奴じゃ」
 リット少将は、吐きだすようにいって、展望窓のところへ歩いていった。そこからは、まるで仕掛花火がはじまっているような海上の騒《さわぎ》が見えた。幾十条の探照灯が、網の目のように入まじって、海上を照らし、爆雷の太い水柱がむくむくあがっている。
「け! あそこにも大ぜいの馬鹿者が英国海軍の恥をさらしている」
 リット少将は、拳固をかため、展望窓のところでぶるぶるふるわせた。
     ×   ×   ×
 ところで、第四エンジン室の騒というのは――
 さきほど分隊長フランク大尉は、リット少将のところへ電話をかけて、第四エンジンを日本将校カワカミらしい男が操っているから、試運転を一時中止して、彼を引捕らえたいからと申し出た。
 リット少将は、とんでもないという声色で、自分はさっきから直接伝声管でもって彼と連絡しているが、あれは実に見事な運転ぶりを示している。一たいカワカミなんかに、英国海軍|工廠《こうしょう》が秘密に建造したディーゼル・エンジンの運転ができるはずがないではないか。あれは、自分で名乗をあげていたように、フイリッピン人カラモという依託学者で、ロンドンの英国海軍工廠にあってエンジン製造に従事していた者で、エンジンには相当くわしいからこそ、ああして立派な操作をやっているのだ――と叱りつけた。
 なおもフランクが抗弁したところ、リット少将は大の不機嫌で、カラモは怪しくない、自分が保証する。それよりもお前は分隊長のくせに持場を離れていて、この重大な試運転中いつ呼んでも伝声管の向こうに出てこなかったではないか
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