ある。
 艦橋に立つ艦長以下の群像は、濃いかげに区切られて、くっきりと照らしだされた。――探照灯は、もう釘づけになって艦橋から放れない。
「うふ。とうとうお眼にとまったか」
 と、艦長はにっこりと微笑《ほほえ》み、
「よし、では急ぎ潜航用意。総員艦内に下れ!」
 と、号令した。艦は直ちに潜航作業にうつった。
 艦長が一声叫べば、あとは日頃の猛訓練の賜《たまもの》で、作業は水ぎわだってきびきびとはかどるのであった。
 僅か三十秒後、艦はもうしずしずと波間に沈下しつつあった。
 それから一分の後、艦橋もなにも、すっかり海面から消え去った。あとにはほんのすこしの水泡《みなわ》が浮いているだけ――その水泡もまたたく間に、波浪にのまれて、見えなくなった。
 なんというすばらしい潜水艦であろう。
 闇の中には柳下機の爆音も聞えず、吹きつのる烈風の声、波浪の音のみすごかった。ああわが艦載機の行方はいずこ?
     ×   ×   ×
 こちらは、飛行島であった。
 恐るべきスパイ川上機関大尉は、今は冷たい骸《むくろ》となって横たわっているし、もう一人の杉田二等水兵は重傷で、病室に監禁してある。まずこれで連日の心配の種は、すっかりなくなった。今夜は枕を高くしてねむられるわいと、飛行島の建設団長リット少将以下、賓客のハバノフ氏にいたるまで、いずれもいい気持になってぐっすり寝こんでいたところであった。そこへ俄かに空襲警報、寝耳に水とは、まさにこのことであったろう。
 それは飛行島はじまってはじめての空襲警報だった。
 しかし、まさかここまで日本の飛行機はやって来まい。万一来るようなことがあっても、途中には幾段にも防空監視哨をこしらえてあるから、それに見つかって、香港あたりの空軍が渡り合うだろうくらいに考え、防空訓練は実は大して身を入れてやっていなかったのであった。
 だから、さあ怪しい潜水艦隊と渡洋爆撃隊が飛行島へ攻めてきたということが、島内各部へ伝わると、上を下への大騒ぎとなった。灯火管制班が出動して電灯を次から次と消させてゆくが、なかなかうまくゆかない。
 それでも兵員がついているところはあらまし消し終え、大事なところだけは、ほぼ闇の中につつまれた。
 この報告は直ちにリット少将のところへもたらされた。少将はさすがに英海軍の猛将だけに狼狽の色も見せず、昼間と同じくきちんと服装をととのえ、「鋼鉄の宮殿」の階上を占める司令塔から、じっと外の様子を眺めていた。


   無線室の怪


「リット団長閣下、飛行島の主要部は、すっかり灯火管制下にあります」
 と、担任士官が報告をすると、少将はにこりともせず、窓の外を指さし、
「あれが完全管制だとは、なんという情ないことだ」と、檣《マスト》の上などにまだ消しのこされた灯火を指さした。
「わしは目が見えないことはないぞ。いいから配電盤のところで、電灯線へ流れこむ電流は全部切ってしまえ」
「はっ、だが、それは危険であります。閣下」
 と担任士官は、顔色をかえてリット少将の言葉をさえぎった。
「なんじゃ、危険じゃと? 一たいなにが危険なのじゃ」
 リット少将はけわしくいいかえした。
「つまりその、そうやれば灯火管制の方は完全でありましょうが、要所要所を固めている者達の活動が出来なくなるばかりでなく、悪性の労働者が、暗闇を幸い、どんな悪いことをはじめるかわかりません。私の心配なのは、この点であります」
「ばか奴!」とリット少将は、あらあらしく叱りとばした。
「それが灯火管制の最中に、責任ある者のいうことか。なんでもよい。敵機に、この飛行島の梁一本でも壊されてたまるものか。命令じゃ。電灯線への送電を即時中止せい」
「ははっ、――」
 一言もなかった。担任士官は、すごすごと少将の前を退いた。
 それから数分ののち、電灯線への電流はすべて止められた。ここにはじめて飛行島は、完全に闇の中に包まれてしまった。
 不意うちの送電中止に、飛行島のあちこちでは大まごつきであった。
 臆病な白人の細君たちの中には、暗黒と敵襲との二重の恐しさに悲鳴をあげて泣き叫び、寝床の中にもぐりこむやら、ぶるぶる慄えながらかけまわるやら、大騒がはじまった。
「日本の潜水艦が、すっかり飛行島のまわりをとりまいてしまったってよ」
「それよりも大変なことが起きたのよ。海底牢獄に閉じこめてあった囚人を、誰かが行って解放してしまったそうよ」
「あっ、皆さん、しずかに! 爆音がきこえる。日本の飛行隊がいよいよ攻めてきた。ああどうしよう。あなたあ、――」
 そういう騒の最中に、真暗な無線室の外を、どどどっと靴音をひびかせて通りすぎる一団がある。なにかわめいているが、暴徒だか監視隊だか、さっぱりわからない。その中に、
「無線室はどこだあ」
 と、呶鳴って歩い
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