を元へかえすのである。そのポケットの中には、煙草の箱が入っていた。煙草を吸いたくて手がひとりでにポケットにゆくが、この病室では煙草を吸ってはいけないというきついお達しを急に思いだしては手を戻すのであった。
「ああ辛い。とんだ貧乏籤をひいたものだ。あの日本の小猿め、早くくたばっちまえばいいものを。そうすれば俺はこの部屋から出ていっていいことになるからなあ」
などと小さい声でつぶやいては、ちぇっと舌打ちをする。
寝台の上では、杉田二等水兵が相変らず黙りこくっている。
看護婦がスプーンで強壮剤をすくって口のところへ持っていってやると、杉田は切なそうにぎろりと眼玉をうごかしては、仕方がないというような顔でもって口を開ける。そこを見はからって、看護婦はその黄色い液体を杉田の口の中に流しこむ。
杉田は、眼をとじたまま、それを苦そうにのむ。
「どうも変な日本人ね。このお薬ときたら、とても甘いのにねえ」
「ほんとだわね。日本人たら、甘い時にはあんな風に顔をしかめる習慣かしらと思ったけれど、そんなことないわねえ」
傷ついた体を敵の手にゆだねていなければならぬ杉田の胸中がわからないのか、看護婦たちは勝手なことばかりしゃべっている。――杉田のとじた二つの瞼の間から、どっと涙が湧いてきて、頬の上をころころと走りだした。
彼は、はりさけるような思いをじっとこらえた。が、あふれ出る口惜し涙はどうすることも出来なかった。
彼は、生きて恥ずかしめを受けるより、舌を噛んで死んでしまいたかったのだ。
しかし彼は死ぬわけにゆかなかった。彼は川上機関大尉から別れ際にいい渡された言葉にそむくことが出来なかった。
(決して死んじゃならぬ。お前が捕まっても、きっと救いにいってやる。死ぬではないぞ)
杉田は、その命令をかたく守って、我慢しているのだった。その苦しさは、また格別だ。死ぬことの方が、生きるよりはるかに楽なことを、杉田はつくづくと感じた。
そこへ扉《ドア》があいて、リット少将がハバノフ氏をしたがえて入ってきた。
ドクトルをはじめ、室内にいた一同はすっくと立って、うやうやしく敬礼をした。
「どうじゃね。日本の水兵は、連《つれ》のことを白状したか」
「いえ、何にも返事をしませぬ。医者には、こういう訊問は得意でありません」
とドクトルは頭《かぶり》をふった。
すると隅にいたヨコハマ・
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