あれに金を出すやつがいたら、俺は大いに笑ってやるつもりでいた」
「しかしなあ長谷部。そこのところをよく考えおかないじゃ、未来の連合艦隊司令長官というわけにはゆかないよ」
「うふ、未来の連合艦隊司令長官か、あっはっはっ。俺がなることになっていたっけ」
長谷部大尉は、酔うといつもそういう気焔をあげるのが癖だった。
「それなら一つ考えろ」
「なにを考えるんだ」
「つまりこういうことだ。たかが長谷部大尉にもよくわかる無用の長物の飛行島を、なぜ、千五百万ポンドの巨費をかけてつくるのだろうか。しかも飛行島を置くなら、なにもあんな南シナ海などに置かず、大西洋の真中とか、大洋州の間にとか、いくらでももっと役に立つところがあるんだ」
「うむ、なるほど」
長谷部大尉は、ぎくりとして九谷焼を下に置いた。そして腕組をすると、
「なるほどねえ、――」
と、もう一度なるほどをいった。
川上機関大尉は、すっかりいい気持になって、盛んに酒盃をあげながら、
「おい、未来の提督よ。飛行島の話はそれまでだ。この次、日本酒をのむことがあったら、そのとき今のことをもう一度思い出してみてくれよ。いや、口頭試問はこの辺で打切として、まあ落第点は可哀そうだから、大負けに負けて六十点をやるかな。うわっはっはっ」
川上機関大尉は、はじめて腹の底から声を出して笑った。
司令官に面会
その翌朝のことであった。
長谷部大尉は、毎朝の日課の点検その他が終ると、ひとりでことことと狭い鉄梯子を伝って機関部へ下りていった。
当番下士官が、椅子からとびあがって、さっと敬礼をした。
「おう。川上機関大尉はいられるか」
するとその兵曹は直立したまま、
「はっ、川上機関大尉は只今御不在であります」
「ほう、どこへ行かれたのか」
「旗艦須磨へ行かれました。司令官のところにおられます」
「なに、司令官のところへ。――うむ、ではまたあとから来よう」
長谷部大尉は、また元の梯子をのぼっていった。
昨夜《ゆうべ》は川上機関大尉のもちこんだ日本酒でひどくいい気持になり、いいたいことをいって寝てしまったが、今朝になると、なんだか昨夜のうちに落し物をしたような気がしてならない。
(はて、何かな?)
と思って考えてみて、やっとのことで思い当った。
(そうだ、川上のやつ、なんだかいやに影が薄かったぞ)
そこで友の身の上
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