のだった。
彼は監視員の眼をのがれるために、遠方から得意のもぐりをつづけて、橋構の間を分けて入り、かなり奥の方の橋構まで進んで、やっと水中から顔を出したのであった。
橋構鉄塔にはいのぼると、彼は胴にまきつけてきた用意の白いズボンの水を絞ってはいた。腹から上は裸だった。何しろここは暑いところで、こうした半裸体の労働者が多いので、これで十分なのだった。
起重機のがらがらという音だの、圧搾空気の鉄槌のかたかたかたと喧《やかま》しい響だの、大きなポンプの轟々と廻る音だのが、頭の上にはげしく噛みあっている。どこかでひゅーっと号笛《パイプ》が鳴るのが聞える。自分が忍びこんだのが見つかったのではないかと、ひやりとした。
鉄塔のかげにかくれていたが、追ってくる人もないようなので、杉田二等水兵は、そこを出て、そろりそろりと甲板の方へよじのぼっていった。こういうことなら、水兵さんだけに得意なものである。
彼はやがて川上機関大尉の荷物をうけとった広珍料理店前にやって来た。
そこで、彼はしばらくためらった後、思い切って店内へ足を踏みこんだ。
広珍料理店
飛行島に泳ぎついた杉田二等水兵は、その足ですぐ共楽街の広珍料理店にとびこんだ。
昨日、機関大尉の荷物を受取ったあの料理店である。
この杉田二等水兵の姿というのがたいへんだった。腰から下に白ズボンをはいたきり、そして胴中から上はなに一つまとっていない赤裸だった。しかし潮風にやけた体は赤銅色で、肩から二の腕へかけて隆々たる筋肉がもりあがっているという、見るからにたくましい体格であった。
このとき、店内には、客は一人もおらず、白い詰襟の上下服を着た中国人ボーイが五六名、団扇《うちわ》をつかって睡そうな顔をしているところだった。そこへ杉田二等水兵がぬっと入ってきたものだから、一同はびっくりして、玩具《おもちゃ》の人形のように椅子からとびあがった。しかし杉田の半裸体姿を見ると、なあんだという顔をして、又椅子につき団扇《うちわ》をぱたりぱたり。
「おい、ちょっとたずねるが、昨日俺がここへ来たことを覚えているだろうね」
と、杉田二等水兵は、おもいきり大きな声で叫んだ。
「……」
中国人ボーイたちはきょとんとして、互の顔を見合うばかり。日本語なんか、ちっとも分からないという風だ。
日本語のほか知らない杉田二等水兵は、は
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