の両輪伸《りようわのし》こそは遠泳にはもってこいの泳法だ。
 杉田二等水兵は、飛行島目ざして必死だ。
「うむ、もう一息!」
 この南シナ海には、無数の人喰鮫が棲んでいる。それに、下からぱくりとやられると、もうおしまいだ。
「川上機関大尉。私がそこへ泳ぎつくまで、どうか生きていて下さい。杉田はきっとお助けします」
 杉田二等水兵には、誰にもいえない、一つの秘密があった。飛行島へ川上機関大尉と一しょに上陸して、共楽街の前で左右に別れる時、機関大尉から重大なる用事をいいつけられた。
 それは帰艦の前に、その共楽街にある広珍という中華料理店に立ち寄って、一つの荷物をうけとって帰れ。そして帰ったら、俺の室に持って行ってその荷物をあけておいてくれ。これはその広珍という中華料理店で荷物を渡してもらう時の合札だといって、ボール紙の札を杉田に渡した。その札には、白い羽と赤い鶏冠《とさか》をもった矮鶏《ちゃぼ》の絵が描いてあった。
 杉田二等水兵は、その命をうけて、別れようとすると、川上機関大尉はなにを思ったか彼の傍へつかつかと近づいて、ぐっと手を握りしめながら、
「杉田、では頼んだぞ。それからもう一つ大事なことだ。その荷物をうけとって帰艦するまで、どんなことがあっても、俺が命令したということをしゃべっちゃいかんぞ」
 妙な命令だと思ったが、杉田は承知しましたと答えた。
「じゃあ、ここで別れる。時間まではゆっくり遊んで来い。気をつけてゆけ」
 そういって機関大尉は、またぐっと力を入れて杉田の手を握ったのであった。
 機関大尉は共楽術を奥の方へすたすたと歩いていった。そしてある店舗のかげに、姿を消してしまった。これが機関大尉を見た最後だったのである。
 杉田は、共楽街を散歩する非番の労働者やその家族たちと肩をならべて歩きまわった。そして手まねでもって、甘いココアを飲んだり、肉饅頭《にくまんじゅう》を食べたり、それから映画館に入ったりして時間いっぱいに遊びまわった。そして帰りぎわに川上機関大尉のいいつけどおり広珍に寄って、矮鶏《ちゃぼ》の合札とひきかえに、一つの荷物をうけとって帰艦したのだった。
 彼はすぐとその足で、荷物を川上機関大尉の室にもって入った。
 荷物はすぐに開けという命令だ。
 杉田は、この荷物の中に一体なにが入っているのか知らなかった。彼は早く中の品物をみたかった。さっそく
前へ 次へ
全129ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング