ん、人垣の間から、一生けんめいに、黒川たちの話に、きき耳を立てていた。
「なんだ、ばかばかしい」と事務長は、笑いだした。
「じゃあ、その丁野十助さんが、花籠を抱えて、どっかへ出かけたんじゃありませんかね。たとえば、水をさすためだとか、あるいは、どこかへ持っていって、飾《かざ》るために」
「じゃあ、なぜ、そこに、人の血が流れて、のこっているのですか。わしには、わけがわからない」
 黒川は、ますます疑いにとじこめられつつ、恐怖の色をうかべた。
 房枝も、黒川と同じように、トラ十の身のうえに、一種の不安を感じないではいられなかった。
 彼女は、自分のすぐ横に、足のわるい曾呂利青年が、これもねっしんに、きき耳をたてているのを発見して、これに話しかけた。
「曾呂利さん。お聞きになって。トラ十が、どうかしたんじゃないんでしょうか」
「さあ」と、曾呂利は、興味ありげに、首をかしげたが、「だれか、怪しい者が、まじっているようですね。さっきも、マッチをつけたとき、すぐ、マッチを消せと、叱りつけた者がありましたよ。しかも、警戒警報だから、明りを消しなさいと、この部屋の高声器が叫ぶよりも、まだ前のことなんで
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