せずにゃいられない。これは、福の神が、向こうからころげこんできたぞ」
 トラ十は、にわかに上きげんになった。そして箱を拳《こぶし》でたたきこわすと、中から、白い布をまいた長いものを取り出した。
「おれが、あけてやろう」
「これ、お前は動くな。動くと、これがものをいうぞ」
 トラ十はゆだんをしない。彼は右手にピストルをもち、左手で、その布をほどいた。中からは包紙《つつみがみ》が出て来た。
「いやに、ていねいに巻いてあるなあ。よほど大事なものと見えるが、厄介千万《やっかいせんばん》じゃないか。おや、まだ、その下に別な紙で包んである。これはかなわんなあ」
 トラ十はだんだんじれながら、何重もの包を、つぎつぎにほごしていった。そのうちに最後の油紙包がとかれて、中からチョコレート色の、五十センチばかりの棒がでて来た。それこそ、X塗料を固めたものであった。それを、ある特殊な油を使って溶かすと、X塗料となるのだった。
「おや、へんなものが出て来やがった」
 とつぜん、帆村は猛然と飛びこんだ。塗料の棒に見入るトラ十のからだに、わずかの隙《すき》を見出したのであった。帆村の鉄拳《てっけん》が、小気味よく、トラ十の顎《あご》をガーンと打った。
「えーッ!」
「しまった。うーん」
 トラ十、顎をおさえた。
 つづいて帆村は、ピストルをたたき落した。しかしトラ十は無類の豪《ごう》の者である。一、二度は、どうと艫《とも》にたたきつけられたようになったが、すぐさま、やっと、かけ声もろとも、はね起きた。
「小僧め、ひねりつぶすぞ」
「なにをッ」
 せまい船内で、はげしい無茶苦茶な格闘がはじまった。勝敗は、いずれともはてしがつかない。船は、今にも、ひっくりかえりそうである。帆村は、そのたびに、船の重心を直さなければならなかった。
「これでもかッ!」
「ぎゃッ」
 帆村の、猛烈な一撃が、ついに勝敗をけっした。トラ十はよろよろと、後によろめくと、足を舷《ふなばた》に払われ、あっという間に大きな水煙とともに、海中に墜落した。
 帆村は、すぐさま艫へとんでいって、舵をとった。そして水面に気をくばった。
 ところが、ふしぎなことに、懐中に落ちたトラ十は、いつまでたっても浮いてこなかった。二分たっても、三分たっても、とうとう十分間ばかり、水面を見ていたが、ついにトラ十は浮かんでこなかった。
「はて、落ちるとき
前へ 次へ
全109ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング