ほえたてていた。
 たしかに正式の団員ではなかったが、この気の毒な曾呂利に、房枝は、同情をよせていた。そばで、トラ十の雑言《ぞうげん》をきいている房枝の方が、腹が立って、しらずしらず顔が青くなるほどだった。
 曾呂利が、一つ男らしく立って、口先だけでも、トラ十をがーんとやりかえすといいと思うのだったが、曾呂利本馬は、いつも無口で、小学一年生のように、えんりょぶかく、よわよわしい性格のように見え一度もやりかえしたことはなかった。
 房枝は、ふんがいのあまり、こっそりと、本馬にいうときがあった。
(ねえ、曾呂利さん。あたしには、あんたがどうしても、弱虫に見えないの。男なら、なぜ一つ、思いきり、きびしく、いってやらないの。あんた、わざと、強いのをかくしているんじゃない?)
 と、ませた口で、年上の青年をなじると、曾呂利青年は首をふって、
(いやいや、僕は、だめですよ。悪口をいわれても、仕方のない人間なんです。ほうっておいてください)と、目を伏《ふ》せていう。
(そう。ほんとうに、力なしの、弱虫なの、じゃあ、あたしが、これから加勢してあげるわ)
(いやいや、めっそうもない。房ちゃんは、僕なんかに、かまわないがいい)
 そういって、曾呂利青年は、足がわるいのに、一番高い上段の寝台へのぼり、もう息をひきとりそうな老犬のように、小さくなって、寝てしまうのだった。
 夕暮の空の下では、房枝は、一時、両親を恋うるセンチメンタルな可憐《かれん》な少女にかわるが、ふだんは、すさまじい世渡りにきたえられて、十五歳の少女とは見えないほど、きびきびした少女だった。
 房枝は、松葉杖をついた曾呂利のあとから、三等食堂の中へ入っていった。
 ひろい食堂は、電灯も明るく、食慾のさかんな三等船客が、もう一ぱい、つめかけていた。皿やナイフの音が、かしましくするだけで、だれも、むだ口をきく者がなく、一生けんめいに皿の中のものを、胃袋へつめこんでいた。
 トラ十も、さかんにぱくついているので、曾呂利青年や房枝の入ってきたのも知らぬげであった。
「おい、ソースだ、ソースだ。ソースのびんがないぞ」
 トラ十が、たくましいこえで、どなった。
「ソースのびんは、目の前にあるじゃないか」
 ようやく、食事はだいぶん進んだらしく口をきく客もでてきた。
「目の前? うそをつけ。目の前には、ソースのびんなんかないぞ」
 ト
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