べきことを報告するために、船長室へもどった。船長はどこへいったかそこには見えなかったので、彼は船橋《せんきょう》の方へ船長をさがしにいった。
水夫たちは、なにがなにやら、はっきりわからないが、この青年紳士の、あざやかな腕前にすっかり感心したのであった。そして、一等運転士から命じられたとおり、今はかえって、帆村荘六の身辺をまもって立つという変り方であった。
房枝は、早くも、一切のことをさとってしまった。ことに、一等運転士が、身分証明書を見たとき、「ほ、帆村荘六!」と、叫んだのを聞いてしまったのだ。
(やっぱり、そうであったか。名探偵帆村荘六に、どこか似ていると思ったら、似ているはずだ、その本人なんだもの)
房枝は、思わず、曾呂利本馬、ではない帆村荘六のそばにかけよったが、うれしいやら、ちょっときまりがわるいやらで、
「帆村さん。どうもすみません。あたしを、救ってくだすって」
といっただけで、あとは口がきけなかった。
が、とにかく、よかった。いつも人にいじめられてばかりいた曾呂利本馬! 病身《びょうしん》らしい青白い顔の曾呂利本馬! 脚をけがして、繃帯をまいている気の毒な曾呂利本馬! 房枝がいつもかわいそうで仕方のなかったその曾呂利が、ここで一変して、アラビヤ馬のような精悍《せいかん》な青年探偵帆村荘六になったのである。もうこうなったうえは、彼のため、房枝は胸をいためることはいらなくなったのである。房枝の身も心もかるくなった。
「おや、僕の本名をよびましたね。化けの皮がはがれては、もう仕方がありませんね。とにかく、いろいろと話がありますが、いつも房枝さんに、かばってもらったことについて、たんとお礼をいいますよ」
「あたしこそ、今日は救っていただいて、すみませんわ」
「なあに、あれくらいのことがなんですか。いつも房枝さんに、かばってもらった御恩《ごおん》がえしをするのは、これからだと思っています。僕は、いそがしいからだですから、間もなく房枝さんの傍《そば》をはなれるようになるかもしれませんが、僕の力が入用のときは、いつでも、何なりといってきてください」
と、帆村荘六は、房枝の手に、一枚の名刺をにぎらせたのであった。
房枝が、その名刺をみると、彼が丸ノ内に探偵事務所をもっていることが分かった。東京に不案内の彼女であったから、分からないことは、これから何でもかで
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