房枝との間に、かたい約束があったからである。即ち、慰問隊の結成は、すべて房枝がいい出したことにしておくことと、それからもう一つ、花の慰問隊のことを聞いて、ある富豪《ふごう》が、名前をかくしてかなりたくさんな金を、慰問隊のために寄附したこと、この二つのことを、ニーナは房枝にまもるように約束したのであった。その実、この寄附金は、すべてニーナのふところから出たのであった。といっても、ニーナのお小遣《こづかい》から出たのではなくて、もっとえらい筋から出ているのであった。今後も、入用なだけの金は、いくらでも房枝に渡されることに、ニーナとの話がついていた。
次の日曜日が、花の慰問隊の大会ときまった。これこそ表面はいかにもうつくしいが、一度その内幕をのぞくと、そこにはターネフ一派の実におそるべき陰謀がいままさに行われようとしているのであった。それは、どんな大事件をもたらすのであろうか。ターネフが「もはや荒療治のほかなし」と放言したが、その荒療治の日は、いよいよ近くに迫ったのであった。房枝は、そんなこととは、夢にも思っていない。ニーナたちをうたがうどころではない、ニーナのかくれた美挙《びきょ》にすっかり感激し、ニーナをすっかり信じかつうやまっているのであるからまことに困ったものであった。
帆村探偵は、今なにをしているのであろうか。
そしてついに、その日が来た。花の慰問隊の大行進! 東京の工場という工場が、うつくしい花束や、おそろしい爆薬を秘めた花籠で飾られる日が来たのであった。
あやしき見張《みはり》
いよいよ今日の日曜日は、花の慰問隊の大行進! 東京の工場という工場が、うつくしい花束、いや、おそろしい爆薬を秘めた花籠でもって飾られるのだ!
その早朝のこと、例の城南《じょうなん》の警察署へ、一台の帆自動車《ほろじどうしゃ》がすべりこんだ。
運転台にのっていた警官が、すばやく外へ下りて、自動車の扉《ドア》をあけると、中から、度のきつい近眼鏡をかけた紳士がひらりととび下り、階段をあがって、さっと警察署の中に姿を消した。
「おう、田所《たどころ》検事だ。いよいよ御入来だな」
そういったのは、署の前の、煙草店から出てきたあやしい黒眼鏡の男だった。
彼はそういうと、横を向いて、道路の傍《かたわら》で故障になった自動車をなおしている修繕工らしい長髪の男に目くばせした。
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