みた。そして、その次に、あのうつくしい大きい花籠を、卓子《テーブル》のうえに、さがしたのだった。
 どうしたわけか、花籠は、卓子のうえから消えていた。房枝は、おやと、思った。
 そのまま、だれも花籠のことをいいださなかったなら、房枝も、やがてきっと、その大きな花籠のことを、わすれてしまったことであろう。ところが、ひきつづいて、とんでもないさわぎが、まき起ったのだ。

   大音響《だいおんきょう》

「おう、いやだ、いやだ。これは血じゃないかな」
 とつぜん、ひとりの男が席からとびあがった。それは、同じ曲馬一団の黒川という調馬師《ちょうばし》だった。
 彼が、指をさししめす卓子《テーブル》のうえには、どうも人の血らしいものが、たくさん地図のような形に、白布《しろぬの》をそめていた。そして、なおもその附近には、手の形らしい血痕《けっこん》が、いくつも、べたべたと白布《はくふ》のうえについていた。そこは、ちょうど、あのうつくしい花籠がおいてあった前あたりであった。
「おお、これは血にちがいない。ぷーんと、あのにおいがするぜ」
「ほんとだ。だれの血だろう」どやどやと席をたって集ってきた三等船客や、船のボーイたちは、とつぜんふってわいたような怪事件の席をかこんで、くちぐちにさわぎたてた。
「どうも、へんだ」例の黒川という最初の発見者が、きょろきょろと、あたりを見廻した。
「おい、トラ十。トラ十は、どこへいった」彼は、なおもきょろきょろと、あたりを見廻したのだった。
「おい、トラ十が、どうしたんだ」仲間の一人が、黒川の肩をたたいた。
「なぜって、お前、トラ十が、急にいなくなったんだ。室内の電灯が、消えるまでは、ちゃんと、おれの横に腰をかけていたんだがなあ。どうも、へんだ」
「トラ十のことなんか、どうでも、いいじゃないか」黒川は、つよく、かぶりをふって、
「いや、どうでもよくないことはない。なぜってお前、あの血は、トラ十が坐っていた席に流れているんだぜ」
「えっ、あの席には、トラ十が坐っていたのか。そいつはたいへんだ! 早く、それをいえばよかったんだ」
 さわぎは、ますます大きくなっていった。そのさわぎをすぐ知らせたものがあったと見えて、事務長が、かけつけた。
 事務長も、黒川の話をきいて、おどろいた。そして、すぐさま、トラ十こと丁野十助のありかを、手わけして、探させたのであっ
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