まう。いやだよ、そんなあぶないことは」
「だって、わたしたちが、直接警察へ電話をかけないでも、警察へしらせる方法はあってよ。団員のだれかにそっといいつけて、しらせる方法があると思うわ」
「房枝、お前は、わしより気がつよいねえ」
「だって、バラオバラコって、どんな人だかしらないけれど、こんなわるいことをする人を、そのまま、ほっておけませんわ」
「命があぶない。およしよ。わしはもうこりているんだ」
「警察への手紙をかいて、それを、出入りのおそば屋さんかだれかに、そっと持っていってもらったら」
「なるほど、それならいいかもしれないが、やっぱり、後が気味がわるいねえ」
「でも、こんなわるいやつが、いるのをしっていて、だまっていられませんわ。そうすることが、たくさんの人のためになるんです。あたし、あとで一人になったとき、手紙を書きますわ」
 房枝は、あくまで、悪者にたちむかおう[#「悪者にたちむかおう」は底本では「悪者たちにむかおう」]という決心をしめした。そのときであった。幕のむこうから、へんに、しわがれたこえでよびかけた者がある。
「房枝、きいているぞ。この小屋を、爆発させていいのだな」
「えっ!」
 房枝は、びっくりして、うしろをふりかえった。そこには幕が下っているばかりであった。黒川にも、このへんなこえは耳に入った。
「ほら、みなさい、房枝。お前が、女のくせに、そんなむちゃなことをやろうとするからいけないのじゃ。もう、そんなことは、しませんと申し上げろ。さあ早く、申し上げんか」
「はい、じゃあ、やめます」
 房枝は、そういわないわけにはいかなかった。
 すると、幕のかげからは、例のしわがれたこえが、
「それを忘れるな。きっと忘れるな。おれたちは、いつでもお前たちを、にらんでいるのだ」
 このしわがれたこえをきいていると、団長も房枝も、身の毛がよだつようにも感じるし、また曲馬団の前途を思って、なさけなさに、涙がこみあげてくるのをどうしようもなかった。
 なぜ、ミマツ曲馬団は、こういうあやしい者にねらわれているのであろうか。団長と房枝が、おののいているうちに、その幕のむこうでは、一匹の大きな蜘蛛が、糸をたぐって、するすると、天井の方へのぼりつつあった。そのほか、誰もそこには立っていなかったのである。大きな蜘蛛が、幕ごしにものをいったとしか思われないのであった。
 蜘蛛が、
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