ないでちょうだいね」とやさしく睨《にら》んだ。一体、鈴江という女は、春ちゃんの死後そのいいひと[#「いいひと」に傍点]だった岡安と馬鹿に仲よくなったようだ。この女は、半玉《はんぎょく》みたいな外観を呈しているかと思うと、年増女の言うような口をきくことがあった。恐らく顔や身体の割には、ずいぶん年齢《とし》をとっているのじゃないかと思われた。今のところ、岡安も春ちゃんのことは、夢のように忘れちまったらしく、鈴江と肝胆相照《かんたんあいてら》している様子は、側《はた》から見ていて此のような社会の出来ごととしても余り気持のよいことじゃなかったのである。
「すうちゃん。けさ、ふうちゃんが殺された時間は、いつ頃だったの」
「さあ、よくはわからないけど、二時と三時との間だという話よ。どうしてサ」
「じゃ二時二十分――たしかに、あれだ」と岡安は急に眼を大きく見開いたまま、ふるえる細い手を額《ひたい》の上へ持って行った。「すうちゃん、このカフェは呪《のろ》われているんだよ、君も早くほかへ棲《すみ》かえをするといい。僕は見たんだ。たしかに此の眼で見たんだ、しかも時刻は正《まさ》に二時二十分――丁度《ちょうど》ふみちゃんが殺された時間だ」
「オーさん。あんた知ってんの、言ってごらんなさい。言ってよ、なにもかも、さ早く」
「いや、怖ろしいことだ。君、このカフェ・ネオンの三階に懸《か》かっている電気看板は、ただの電気看板じゃないんだぜ。あいつは生きてる! 本当だ、生きてる。あの電気看板には人間の魂がのりうつっているのに違いないんだ。きっと、あいつ[#「あいつ」に傍点]だ」
「なにを寝言《ねごと》みたいなことを言ってんのよ。早くおきかせなさいな、けさがた、あんたの見たということを……もしかしたら、オーさんは、けさがた此処《ここ》の家へ……」
「あの電気看板は、早く壊《こわ》してしまうがいいぞ。おい、すうちゃん、あの電気看板はいつも桃色の線でカフェ・ネオンという文字を画《えが》いている。あれは普通の仁丹《じんたん》広告塔のように、点《つ》いたり消えたり出来ない式のネオン・サインなのだ。そしてあの電気看板は毎晩、あのようにして点けっぱなしになっている。僕んち[#「んち」に傍点]はここから十三丁も離れているが、高台《たかだい》に在るせいか、家の屋上からあのネオン・サインがよく見える。それは朱色《しゅ
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