船室で辛抱して寢てゐたが、どうにも我慢がならない。
 そこで到頭一つの企を考へた。それは毛布を持つて甲板に寢ることである。これはいい考へだといふので、仲間の者がみんなそれを眞似して、毛布と枕を持つて甲板へ出た。ある者はハッチの覆ひの上に毛布を擴げ、又ある者はベンチの上に擴げた。
 凉しい風が吹きこんで成程いゝ氣持だ。
 寢ながら星が見える。もう熱帶へ入つたから星はきらきらと美しく輝く。その數も内地で見るよりも十倍も二十倍も數が多い。
 これは大變な風流だとみんな喜んで寢てゐたが、夜中にひやつと冷いものが身體に落ちて來たので、びつくりして目を醒ました。
 ぽつんぽつんと大粒の雨が顏にかゝる。スコールだ、愚圖々々してをるとあの瀧のやうなスコールにずぶ濡れになる虞がある。仲間を叩き起した。みんな殘念さうな顏をして船室に歸つた。
 船室の中は超蒸風呂だ。その時ぐらゐ情なかつたことはない。
 到頭明け方迄眠れなかつた。

   船と風呂

 われわれ日本人は頗る風呂好きである。
 内地の港を出た時は眞冬だつたが、それでもわれわれは毎晩風呂に入れと勸められ、毎晩缺かさず入つた。入らなくてもいゝのであるけれども、船の風呂がちよつと珍しかつたからだ。
 その風呂は、鹽湯だつた。詰りこれは海水を汲み揚げて、それを機關室からの熱い蒸氣で熱するのである。その湯槽の傍に眞水の入つたタンクが附いてゐた。鹽湯に入つた後でこの眞水のタンクから少量のかゝり湯を汲み出して身體を洗へといふことであつた。
 鹽湯は珍しかつたので初めはみんな喜んで入つたけれども、しまひには悲しくなつた。どうも身體が何時までもべた附いていけない。それを取るには勢ひ眞水のタンクから澤山かい出さなければならない。ところがそれをあまりかい出すと底が見えて來て、後で入る連中の使ひ水が無くなる。内地の習慣が殘つてゐてこの眞水のかゝり湯はさう儉約出來ない。從つて後から入る者の二三人は鹽氣の拔けない身體で寢床へ行かなければならなかつた。
 こゝでもう一つ困つたのは、浴室が猛烈に蒸し暑いことであつた。何しろ機關室からの蒸氣といふものはひどい熱である。船室にゐてさへ蒸風呂のやうであるが、この浴室の中の蒸し暑さ加減といつたらまるでトルコ風呂だ。だから浴室へ入つた途端に頭がぼうつとなつてしまふ。
 もう一つ困つたのは鹽水では石鹸が使へないことだ
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