ば、海の色は非常に濁つて黒ずむ。それがスコールが引いてしまへばまた元の鮮かな色に返る。海は激しやすいカメレオンのやうに思はれた。
[#地付き]『科学知識』昭和十八年四月号
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[#地付き]第二回

   船と暑さ

 内地の港を船で出たのは一月四日だつた。
 内地では冬のまんなかである。だから服裝は、本來なら、下は駱駝の毛のシャツ、上に厚い背廣を着て、その上に首をマフラーで包み、その上をさらに丈長のオーヴァーコートで身を固めてゐてなほ寒い季節であらう。ことに海に出るのであるから、ジャケッがもう一枚ぐらゐ欲しいところであつた。
 しかし私たちはさうしなかつた、といふのは、これから暑い南の方へ行つて生活することになるから、向ふではかういふ冬の支度は不要である、故に出來るだけ身輕にして行きたいと誰しも思つてゐた。
 私はその爲に、背廣以下は冬のものを着てゐるが、オーヴァーは脱いでレインコートに着換へてゐた。冬のまんなかをレインコートといふいでたちで親類の家を訪問して別れの挨拶などをしたので、向ふの家の者は驚いて「そんな寒い恰好では」と心配してくれ、たうとう背中に眞綿を背負はされた。
 そんな恰好で私は船に乘つた。ところが集つて來た仲間の者を見ると、それぞれ輕裝になつてゐる。なかには背廣の上に襟卷をしただけでぶるぶる震へてとび込んで來たのもあつた。「オーヴァーはどうしたんだ」と聽いた、するとその仲間は答へて曰く「オーヴァーを賣り飛ばしてみんな飮んで來たよ」とちよつと肩を張つてみせたがその下から大きな嚔をたて續けに五つ六つして「ああ寒い、少し早まり過ぎたかな」と慌ててサロンの中へとび込んだ。
 船は出た。空からはちらちら粉雪が降つて來た。それに風が少し出て來たものだから甲板の上に立つてゐることは出來なかつた。從つてみんなサロンへ入つてビールを出して貰ひ、それで身體を温めてゐた。
 そのうちに私たちの船室が割當られた。私はずつと艫の方の船室であつた。中に入つて見るとスチームが通つてゐた。長椅子に座るとお尻の方からぽかぽか温い。それでやうやく元氣が出て來た。その夜はスチームのお蔭でぐつすり眠ることが出來た。
 翌日になつた。二日目だ。
 船はどんどん進む。寒さは昨日と同じだ。しかし夜中になつてスチームが何だかいやに暑く感ぜられて、寢卷の下に着てゐた冬シャツの胸のボタ
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