、お前の居る屋上へ上っていくから、すこし待って居てくれ。しかしお前も、こんどというこんどは余程《よほど》懲《こ》りたと見え、屋上から、蜘蛛に見まがうような擬装《ぎそう》のマイクと高声器をつり下げて、わしに話しかけるなんて、中々機械化してきたじゃないか、はははは」
「いや、ちとばかりソノ……」
「しかし、この無細工な蜘蛛を屋上からこの人通りの多い通りに吊《つ》り下ろすなんて、やっぱりお前は、垢《あか》ぬけのしないこと夥《おびただ》しい。この次からは、もっといい智慧を働かすがいい」
 褒《ほ》められたと思った醤は、とたんにぺちゃんこにやっつけられた。
 さて、ここは屋上である。例の洋酒店のあるビルの屋上であった。
 のっそりと、非常梯子《ひじょうばしこ》からあがってきたのが金博士であった。非常梯子の上り口に立って、うやうやしく挙手《きょしゅ》の礼をして立っている二人の白いターバンに黒眼鏡に太い髭《ひげ》の印度人巡警《インドじんじゅんけい》! 脊の高い瘠《や》せた方が醤買石《しょうかいせき》で、脊が低く、ずんぐり肥っている方が、醤が特選して連れてきた前途有望な瓦斯師長《ガスしちょう》燻精《くんせい》であった。二人は、まるで舷門《げんもん》から上って来た司令官を迎えるように、極《きわ》めて厳《げん》たる礼をもって金博士に敬意を表《ひょう》した。
 博士は、几帳面《きちょうめん》に礼をかえすどころか、いきなり醤の瘠せた肩をどんと叩いて、
「おい、ウィスキーにペパミントの約束、あれはまちがいないじゃろうな。一本が五百元もするぜ。お前そんなに金を持っとるか」
 と、無遠慮《ぶえんりょ》な問いを発した。
「や、それはもう大丈夫です。御承知のとおり、昔からイギリスと深い関係がありますものですから、武力こそ瘠せ細っていますが、黄金であろうとダイヤモンドであろうとウィスキーであろうと、そんなものは、うんとストックがあります」
「ほ、ん、と、ですか」
「もちろん本当です。国《くに》破《やぶ》れて洋酒ありです。尤《もっと》も早いところストックにして置いたのですがね……しかし博士《せんせい》、毒瓦斯の方のことですが……」
「うん、毒瓦斯なんて、他愛《たあい》もないものじゃ。ウィスキーになると、そうはいかん」
「いや博士《せんせい》、ウィスキーなんて浴《あ》びるほどあります。毒瓦斯の研究となると
前へ 次へ
全12ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング