というのでは、また何か大それた無心じゃろう」
金博士は、やっぱり前跼《まえかが》みになって、飾窓の中をのぞきこみながら口を動かした。博士は、まさか頭の上に忍びよったる大蜘蛛と話をしているのだとは気がついていない様子に見えた。
「やあ、そのとおり、それが図星《ずぼし》でございますよ。余《よ》――いや小生《しょうせい》はこのたびぜひとも博士《せんせい》にお願いをして、毒瓦斯《どくガス》をマスターいたしたいと決心しまして、そのことで遥々《はるばる》南海の孤島《ことう》からやって参りました」
「毒瓦斯の研究か。そんなむずかしい金のかかるものは、お前の柄《がら》じゃないぞ」
「いえ博士《せんせい》、そう仰有《おっしゃ》らないで、是非にお願いいたします。今こそ孤島に小さくなっていますが、昔日《せきじつ》の太陽を呼び戻すには、猛毒瓦斯を発明し、その力によってやるのでないと全く見込みなしとの結論に達し、博士にお縋《すが》りに参りました。ぜひともこの醤を哀《あわ》れと思召《おぼしめ》し……その代り、お礼の方はうんときばり、博士のお好みのものなれば、ウィスキーであろうとペパミントであろうと……」
「そうか。それは本当じゃな。男の言葉に二言《にごん》はないな――というて相手がお前じゃ仕様《しよう》がないが……」
といいながら、博士は飾窓から顔を放して腰を真直《まっすぐ》にのばしたものだから、さっきから垂《た》れ下っていた大蜘蛛が一揺《ひとゆ》れ揺れると、博士の顔へぴしゃと当った。さあたいへん、危《あやう》いかな博士の一命! 生かまたは死か?
2
……筆勢《ひっせい》あまって嚇《おど》し文句を連《つら》ねてはみたが、ここで金博士が、間髪《かんぱつ》を容《い》れず、顔にあたった大蜘蛛《おおぐも》を払いのけ、きゃあ[#「きゃあ」に傍点]とかすう[#「すう」に傍点]とかいってくれれば、作者も張合《はりあい》があるのであるが、当の博士は、別に愕《おどろ》きもなにもしない。甚《はなは》だ張合いのない次第であった。
愕くどころか、博士は、矢庭《やにわ》に手をのばして、その大蜘蛛の胴中《どうなか》をつかんだものである。
すると、ガラガラと、ラジオの雑音のようなものが聞えた。
金博士は、つかまえた大蜘蛛を口のところへ持って行き、声を一段と低くして、
「おい醤買石、今すぐわしは
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