続させるのじゃな」
「はあはあ、脳細胞を電解して歪みを持続させる……、それはおそろしいことだ。しかし電解させるというのなら、それは怪力線《かいりょくせん》の一種ではありませんか。毒瓦斯とはいえないでしょう」
燻精師長は、さすがに醤の信任があついだけに、するどく博士に突込《つっこ》む。
「怪力線の如きものでは、ぴりぴりちかちかと来て、相手に知れるから、よろしくない。もっと緩慢《かんまん》なる麻痺性のものでないといけぬ。わしの作った神経瓦斯は、全然当人に自覚《じかく》がないような性質のものだ。臭気《しゅうき》はない、色もなくて透明だ、もちろん味もない、刺戟《しげき》もない。もちろん極《ご》く緩慢な麻痺作用を起すものだから、はじめから刺戟を殺してあるのだ。しかもその後いつまでたっても当人は、瓦斯中毒になっているという自覚が起らないのだ。つまり常人《じょうにん》と殆んど変りない精神状態におかれてあって、しかも脳の或る部分が日と共に完全麻痺に陥《おちい》る。そうなると、たとえば、にこにこ笑って人と話をしていながら、手に握ったナイフで相手の心臓の真上《まうえ》をぐさりと刺すといったようなことを、一向|昂奮《こうふん》もせず周章《あわ》てもせず、平気でやる。まあ、そういう最も常人らしい狂人に変質させるのが、わしのいう持久性神経瓦斯の効果じゃ。どうじゃな。君もそういう方向のものを考えてみてはどうかな」
「す、すばらしいですなあ」
燻精師長は、盃を置いて、金博士に抱きついた。
「よせやい、気持のわるい」
と、金博士は燻精を突き放し、
「さあ、もうそれだけのヒントを与えてやれば、お前は醤のところへ帰って、早速《さっそく》発明研究を始めていいじゃろう。さあさあ、とくとく醤の陣営へ戻れ」
「はい。では、引揚げましょう。永々《ながなが》と御配慮《ごはいりょ》ありがとうございました」
「いやなに、たった十分間の講義だけじゃ。しかしあのウィスキーにペパミント百四十函は、授業料としては至極《しごく》やすいものじゃ」
「あれだけの夥《おびただ》しい洋酒を捧《ささ》げても、まだ先生の方が御損《ごそん》をなさいますか」
「それはそうじゃ。甚《はなは》だわしの方が損じゃ。帰ったら醤に、そういっていたと伝えてくれ。しかし神聖なるバーター・システムの誓《ちか》いの手前、こっちでもぬかりなく按配《あんばい
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