』は、実にすばらしい発明なんだ。しかしさすがの余も、これを国防方面へ応用することには気がつかなかった。
「今の話は、どうかこの場かぎりに願いたいのです。しかし私どもは、あの特許の実物が、いま申しましたような働きをするに充分だと認めれば、特許の買い取り価格をそうですねえ、まず二百万円までは出します」
「二百万円、あの『多腕人間方式』の特許権が二百万円になるのですか」
 余は、もう愕きを、隠していることができなかった。
「よろしい。なんとしても発明者を探し出して、連れてまいりましょう。もちろん、実物も、彼氏のところにあるはずですから、持参してご覧にいれられるように計らいましょう」
 余は、すべてを請合ったのだった。

      6

 ×月×日 晴、風強し。
 ついに、発明者田方氏の所在が分った。
 例のアパートのおかみさんが、極力あの区一帯を捜索してくれた結果、ついに分ったのであった。氏はしゃあしゃあとして、付近にある他のアパートに住んでいたのであった。
 余が入っていくと、発明者田方氏は、ベッドのうえに寝て、本を読んでいた。
「やあ、これは……逃げかくれはしない」
 彼は、愕いたようすもなく、ベッドに寝たままであった。
「ご病気ですか」
 その田方氏は、頭に、妙な頭巾をかぶっていた。婦人がパーマネントのセットのときにかぶるような器械兜に似ていたが、形は、むしろピエロのかぶるように、円錐状をなしていた。そしてどこか、起重機にも似ているし、また感じが、歯科医の使うグラインダー装置に似ているところもあった。
「いや、拙者は病気ではない。寒いときには、こうして寝ながら勉強しているに限ります。なにしろ、石炭も炭もありませんからなあ。しかしあんたがたの来訪を受けたから、マレー語独修第四十一課の途中じゃが、ここでいったんお休みとするか」
 そういって、田方氏は首をちょいと曲げた。すると、とつぜん、頭巾が、がしゃがしゃと動きだし、すっーと長く伸びたかと思うと、その先端が、くるっと曲って本の方へのび、そして本のページを折ると、ばたりと本を閉じた。すると田方氏は、頤をひいた。すると今度は、その機械の腕は、本を持ったまま、すーっと横のテーブルのうえへ持っていって、静かに置いた。
(あれぇ、これが、氏の発明の三本目の腕なんだな)
 余は、息がとまったように思った。
 田方氏は、首を反対の
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