いと同一視してしまったのである。余は、腹が立った。特許局の役人は、なんという分らず屋であろうか。
 余は、その拒絶理由通知書を机の上に置いたまま、二時間あまり、溜息ばかりついていた。時間が経つに従って、審査官に対する向っ腹は引込んで、だんだんと情けなさが、こみあげて来た。これは、なんとかしないといけない。
 ×月×日 雪なおやまず。
 余は、ついに、審査官に面会を求めた。『多腕人間方式』に関して、審査官の蒙を啓かんものと、特許局の階段を踏みならしつつ、三階まで上って来たのである。
 応接室に待っていると、係りの神谷審査官が、横手の厚い扉を開いて、現われた。審査官は、余の顔を見るより早く、
「どうも君、困るね。この忙しい中を、あんなものを出願して、われわれをからかうなんて、困るじゃないか」
 と渋面を作った。
「いえ、からかうなんて、そんな不真面目な考えはありません。ぜひ、本気でもって、ご審査願いたいのです。早く審査をやっていただいてありがとうございました」
「なんだ、君は本気なのか。いや、それは呆れたものだ。で、今日の用件は、そのことで来たのかね、それとも他の事件で……」
「いえ、あの『多腕人間方式』のことについて、審査官に、もっと認識を深くしていただこうと思いまして、参りました。あれは、義手とは違います。ぜんぜん違うのです」
 と、余は、所信を滔々と披瀝した。
「いやだねえ、君は案外本気なんだね。とにかく、その旨、意見書を出したまえ。僕も、もう一度、考え直してみるから」
 余は、来た甲斐があったと悦び、審査官の後姿を拝みながら、そこを辞去した。
 ×月×日 雪やむ。
 意見書を提出せり。

      4

 ×月×日 晴、風強し。
 神谷審査官より、またまた拒絶理由通知書が来た。
 愕いて、これを読み下すと、拒絶スベキモノト認ムという主文は同じで、その理由としては、次のようなことが綴られていた。これは、この前の理由とは違った別個の理由であった。それによると、

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『本願ノ要旨ハ、一個ノ人体ニ、三本又ハ三本以上ノ多数ノ腕ヲ添架スルニ在ルモノト認ム。然ルニ、本願ト同様ナル着想ハ、本願出願以前ニ、帝国領土内ニ於テ存在シ、且|遍《アマネ》ク知ラレタルトコロニシテ、例エバ奈良唐招提寺金堂ニ保管セラレアル千手観音立像ハ、四十臂ヲ有ス。仍リテ本願ハ其ノ出
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