大きなおどろきにぶっつかった。鏡にうつった青二の顔は、うすぼんやりしていた。校服《こうふく》はちゃんとはっきりしているのに、くびから上が、ぼんやりしているのだった。
 やっぱり自分も、のぼせ目となったのかと思い、青二は、いくども目をこすって、鏡の中にうつる自分の顔を見なおした。
 だが、そのかいは、なかった。いくど見なおしても、彼の顔はぼんやりしていたし、両手をうつしてみても、やはりそれもはっきりうつらなかった。
「えらいことになった」と、青二はその場にうずくまってなげき悲しんだ。
 なぜそんなことになったのか、青二には、わからなかった。あの見えない猫と同じようなふしぎな現象《げんしょう》が、今自分のからだの上にあらわれて来たのだ。
「これからどうなるだろうか。自分もあの猫のように、からだがすっかり見えなくなってしまうのではあるまいか。ああ、そうなったら、もう生きてはいられない。自分は化け物あつかいされるだろうから……」
 青二は、ここで、重大な決心をしなければならなくなった。このままうちにいて、化《ば》け物あつかいされるか、それとも誰にも見つからない世界へにげていってしまうか。
 いろいろと考えなやんだ末……青二は、そっと家を出てゆくことにした。
 青二は、わずかの着がえをバスケットに入れ、また片手には、透明猫を入れたふろしき包みをもち、母親に気づかれないうちに、家を出てしまった。
 ただ母親がなげくとかわいそうだと思ったから、
「ぼくは急に旅行をします。心配しないで下さい。そのうちに、かならず帰って来ます。そして、うんとおもしろいおみやげ話をしましょう」
 と、いう遺書を、机の上において去った。

   妙《みょう》な福《ふく》の神《かみ》

 どこというあてもなく、青二は歩きつづけた。
 頭には、スキー帽をかぶり、風よけをふかくおろして顔をかくした。それからオートバイに乗る人がよくかけている風よけ眼鏡をかけた。そのガラスは黒かった。
 くびのところを、マフラーでぐるぐるまいた。くびのあたりを人に見られないためだった。また両手には、手袋をはめた。
 こうして歩いていれば、「あいつは寒がりだな」と思われるぐらいで、とがめられることはなさそうであった。
 歩きながら、どうして世の中にこんな奇怪《きかい》なことがあるのか、またどうしてそれが自分のからだをおそったのであ
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