んでも帰宅を許そうとしない松竹梅の札をつけた監督連だった。
 一行六人は、毎日することもなく一室に閉じこめられ、飽食《ほうしょく》していた。
 或る日、五郎造親方は、只一人呼び出された。左官の仕事道具をもって出てこいというのであるから、これは仕事が出来たのに相違ないと思った。珍らしいことだ。これで四日間というものを、仕事なしで暮したわけだ。
 五郎造親方は、久しぶりで長い廊下をとおり、見馴れた小さなくぐり戸から、例の工事場へ入っていった。だが彼の一生において、このときぐらい胆《きも》を潰《つぶ》したことはなかった。
「呀《あ》っ、――」
 といったきり、彼は腰をぬかして、へたへたと漆喰《しっくい》の上に坐ってしまった。
 見よ! さきごろまでは、何一つ入れてないがらんとした空《あ》き部屋だったのが、今はどうであろうか。その口径、およそ五十センチに近いと思われる巨砲が、彼の塗りこんだ漆喰の上に、どっしりと据えられてあるではないか。それは主力戦艦の主砲よりはるかに長さは短いが、それでも砲身の全長は五メートル近くもあった。砲の胴中は、基部《きぶ》において直径が一メートル半ぐらいあった。ずんぐりとした大攻城砲であった。
 なんのための攻城砲か。まさかこの建物の中に、巨砲が据えられるとは気がつかなかった。五郎造でなくても、誰でもこれには腰をぬかすであろう。
 巨砲の蔭から、士官が三人ばかり姿を現わした。
「おおっ」
 五郎造は全身をぴりぴりと慄《ふる》わせた。
 彼の三人の士官こそは、見紛《みまが》うかたなく某大国の海軍士官であった。五郎造は新聞紙上に、ニュース映画に、またS公園における忠魂塔除幕式の日に、その某大国将兵の制服をいくどとなく見て知っていたのである。
(夢を見ているのではないか)
 と疑って、太股《ふともも》をぎゅっとつねってみたが、やはり痛い。だからこれは夢ではない。
 夢ではないとしたら、この場の有様は、なんという戦慄《せんりつ》すべきことではないか。
 砲架の上を歩いていた士官は、松監督をさし招くと、なにごとか命令した。
 松監督は畏《かしこ》まって、五郎造のところへ飛んできた。
「おい、やり直しの仕事があるんだ。大急ぎでやってくれ。なに立てないって。そんなことでどうするんだ。じゃあ、こうしてやろう」
 と、靴の先で、五郎造の腰骨《こしぼね》をいやというほ
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