うことだった。東京市についていうなら、一体某大国の爆撃機は、どこどこを狙っているのだろうか。破甲弾《はこうだん》はどことどことに落とすつもりか。焼夷弾《しょういだん》はどの位もって来て、どの辺の地区に抛《な》げおとすのであろうか。また毒瓦斯弾《どくガスだん》はいかなる順序で、いかなる時機を狙って撒《ま》くのであろうかなどいうことが、この際早くわかっていなければならない。
 もちろん軍部をはじめ諸官省や諸機関においては、最大の注意力を傾《かたむ》けて、この恐るべき外敵の攻撃を防ぐことを考えている。しかしそれには、敵の手にどんな武器が握られているかを知ることが出来れば、防ぐにも一層便利でもあり、かつ有効な措置がとれるのであった。
 帆村荘六は、某大国の機密を何とかして探りあてたいと、寝食を忘れて狂奔《きょうほん》したが、敵もさる者で、なかなか尻尾をつかませない。流石《さすが》の帆村も、ちと腐《くさ》り気味《ぎみ》でいたところ、ふと彼の注意を惹《ひ》いたデマ罰金事件があった。
 それは警察署の聴取書綴《ききとりしょつづり》のなかから発見したものであったが、事件は築地の或る公衆浴場の流し場で、仲間同士らしい裸の客がわあわあ喋《しゃべ》っているのを、盗み聞きしていた一|浴客《よっきゃく》が、後にまたそれを他の者へ得々として喋っているところを御用となったものであった。
 そのデマによると、当夜浴場の流し場で喋っていた本人は、どうやら左官職らしかったという。彼は仲間連中から、どうも手前《てめえ》はこのごろいやに金使いが荒いが、なにか悪いことをやっているんじゃないかと揶揄《からか》われ、彼《か》の男は顔赤らめて云うには、実はここだけの話だが、この頃おれは鳥渡《ちょっと》うまい儲《もう》け仕事にいっているんだ。毎朝或る場所へゆくと、そこで目隠しをしたまま自動車に乗せられ、一時間半も揺《ゆ》られながら引き廻された揚句《あげく》、変な密室のなかに下ろされる。そこで一日左官の仕事をやっていると、夕方にはまた目隠しをしたまま自動車に乗せられ、元の場所へ帰ってくる。この仕事は気味がわるいが一日七円にもなるので、我慢していっているんだと、いささか得意げに語っていたという。
 仲間のものは、その男の儲ける金のことよりも、目隠しをしてどこかに連れてゆかれるという猟奇《りょうき》的な話がすっかり気に入
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