ある。そして、とんださわぎが、この戦車の中ではじまることとなったのである。
 沖島速夫は、もちろん、生命をなげ出していた。別に、この地底戦車をスパイするつもりでやったことではなく、ただ、太平洋の彼方《かなた》で、真の日本人を知らず、ひとりよがりでいるアメリカ人たちに、日本人の意気を見せて、ちょっとおどろかせてやりたかっただけのことである。
 南極地方へ上陸したのち、地底戦車の中からおどり出して、
「アメリカさん。ばあーッ」
 と、やりたいだけのことであった。ところが、ひょんなことから、その戦車をつんでいた船が沈没してしまったため、たいへんな冒険をやるようなこととなった。
 助かるか助からないか、沖島速夫自身も、全く知らない。しかし彼は、むかしから、いかなるときにも、おちつきを失わない男だったから、生命なんかのことで、取り越し苦労をするのは馬鹿者のすることだと決め、自分は生命を神様にでもあずけたつもりで、そんな心配はごめんこうむって、ただ斃《たお》れてのちやむの精神で、ここまでやって来たのである。
 ところが、パイ軍曹もピート一等兵も、がらは大きいし、いばることも知っているが、今地底戦車が南極の海中に沈んでいると思うと、からいくじがなくなって、とうとうここで、沖島速夫を神様のようにあがめ、そして神様としておすがりするようなことになってしまった。心の弱いものは、いつでも、このように負けてしまう。
(絶対に反抗しません!)
 こんどこそ、いよいよ本気で、二人は黄いろい幽霊に降参してしまったのである。
 速夫は、勝者だ。
 だが、こうなると、出来るなら、二人を助けてやりたいと思った。そして、なにげなく彼は、さかさまに下っている深度計に眼をやったが、
「おやッ!」
 とばかり、心の中でおどろいた。――深度計は、零《れい》をさしていたのである。


   天井の怪音


 速夫は、始め、深度計が、こわれてしまったのかと思った。
 しかしよく他の器械を見てみると、そうでもないらしい。
 しからば、深度計が零をさしているのは、この地底戦車が、逆さにひっくりかえっているせいであろうかとも思った。だが、それもちがう。この深度計は逆さにひっくりかえろうが、針が他を指《さ》すような構造のものではない。
 すると、正しく深度は零なのである!
(深度が零というと、この戦車の下に、水がないということであるが――それでいいのかな)
 達夫が、ふしぎそうに、深度計を見ているものだから、パイ軍曹もピート一等兵も、そばへよってきて、ともに深度計のうえをながめるのであった。そして、やはりふしぎだという顔をした。
「どうだね、パイ軍曹にピート一等兵。この深度零と出ているのを、どう考えるか」
 と、速夫はきいた。
「さあ……」
「計器に水が入ったかナ」
 二人の答は、はなはだ、なっていない。
「分らないなら、いってやろう。この地底戦車は、地上に出ているんだ」
 と、速夫は、ずばりといった。
「えっ。地上に出ておりますか、あの、この戦車が……」
 ピート一等兵が、眼を丸くした。
「ばかばかしい、深海の底におちこんでいたものが、いつの間にか地上にあがっているなんて、そんなことがあってたまるか」
 と、パイ軍曹は、ピート一等兵を叱りつけた。そのとき、速夫がいった。
「そうだ。われわれの感じとしては、まだまだ深海の底にいるような気がする。しかし、この深度計は、たしかにこわれていないのだから、この上は、深度計が示していることを信ずるのが正しい。わけはわからないが、たしかに、この戦車は、地上に出ているのだ」
「そんなばかばかしい夢みたいなことが……」
「全く、全くだ!」
 二人は、どっちも、速夫のことばを信用しない。
 そこで速夫は、
「じゃ、僕は、この地底戦車の扉をあけて、外へ出てみるから……」
「ああ待ってもらいましょう。扉をあけりゃ、そこから水がどっと入ってきて、われわれはたちまちお陀仏《だぶつ》だ」
「じゃあ、助かりたくないのか」
「扉をあけりゃ、とたんに、死んでしまいますよ。助かるどころの話じゃありませんよ。これは、わしの永年の経験からいうのだ」
 と、パイ軍曹は、なかなか自信あり気である。
 意見は、こうして、二つに分れた。
 一体、どっちが本当か?
 そのときである。不意に、この戦車が、かたんと揺れた。戦車の中は地震のようである。
 ところが、ふしぎにも、戦車は、ますます揺れだし、そしてますます傾くのであった。三名の者は、とても立っていられなかった。てんでに、器械や椅子につかまって、こらえている。まさか、地震でもなかろうに。
 そのうちに、急に、動揺がとまった。
「おお、どうした!」
「おや、いつの間にか、天井と床とが、あべこべになって、戦車は、とうとうもとどおりにな
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