れる。扉をあければ、ふんだんに水はありながら、その水は飲めないときている。全く、いじのわるいものである。いや、そんなことよりも、海底におちながら、外部から、海水も侵入せず、空気もくさくならないのが、なにより天の助けと、ありがたく思わなければならない。考えていくと、こうして、二人とも助かっていることが、だんだんふしぎで、そしておそろしくなってくるのだった。
「パイ軍曹どの。一体自分は、只今《ただいま》、生きているのでありますか、それとも死んでしまったのでありましょうか」
「なにッ。死んだ奴《やつ》が、そんなに上手に口がきけるか。また、おれの声が、きこえたりするものか。ばかなことも、やすみやすみいえ」
と、叱ったものの、軍曹は、ピート一等兵が、とつぜんへんなことをいいだしたので、気味がわるくて仕方がなかった。
「はあ、やっぱり、只今は生きているのでありますか。なるほど」
「只今も、なるほどもないよ。ちと、しっかりしなきゃいけない。びっくりするのも、無理ではないけれど……」
「いや、軍曹どの。自分は、たしかに一度死んだんです。それから再度、生きかえったのです、たしかに、或る期間、死んでいました」
「そんな、へんなことをいうものじゃないよ。死んだ奴が、どうして生きかえるものか」
「いや、そうではありません。軍曹どの。なぜ、そんなことをいうかと申しますと、さっき自分は死んでいる間に、幽霊を見かけました。幽霊が見えたんです。そのへんを、すーっと歩いていましたよ」
幽霊《ゆうれい》
「おどかすなよ」
と、パイ軍曹は、鉛筆ですじをつけたような細い口髭《くちひげ》をうごかして、いった。
「いえ。ほんとです。軍曹どのとは、全くちがった服装をしていました。幽霊の足音が、ことんことん床を鳴らしたのを、聞いたようですよ」
「ふーん」
パイ軍曹の顔が、なぜか、さっとかわった。そしてピート一等兵を、じっと睨《にら》み据《す》えていたが、やがて口をひらき、
「その幽霊なら、さっき、わしも、ちょっと見たよ」
と、こんどは軍曹が、へんなことをいいだした。
「はあ、軍曹どのも、見たでありますか。じゃあ、夢じゃなくて、本物の幽霊が、この戦車の中に現れたんですね。ううッ」
と、大男のピート一等兵は、肩をすぼめた。戦車の中に、幽霊が現れるなんて、途方《とほう》もない話だ。相当、戦場ではたらいてきた戦車なら、そのとき戦死した勇士の幽霊が、出てくるかもしれない。だが、これは新しく出来たばかりの戦車なのである。戦争に出たことは、一度もない。その戦車に、幽霊が出てくるなんて、へんなことだ。
「あははは」
と、パイ軍曹が、とつぜん笑い出した。
「軍曹どの、なにが、おかしいのですか」
「あははは」
軍曹の声は、戦車の壁に反射して、妙に、ううーんと後をひいた。ピート一等兵は、肩のうえに、手をかけながら眼を丸くした。
「おい、ピート一等兵。幽霊が出るなんて、嘘《うそ》だよ」
「はあ、嘘ですか」
「つまり、これは生理的の現象だ。いいかね。おれたち二人は、さっきから、同じように頭をがんがんとうったじゃないか。だから、同じように、頭がへんになって、同じように幽霊みたいなものの姿が、見えたというわけだよ」
「ははン、同じように頭がへんになって、同じような幽霊の姿が、頭の中にうかび出たというわけですか。なるほど、そうかもしれませんなあ。軍曹どのと自分とは、前から、双生児のように、なんでも気が合うのですから、そういう場合に、二人の頭の中に、別々に出てくる幽霊が同じ姿をしていても、かくべつふしぎでないわけですなあ。なるほど、ああなるほど」
「お前のように、臆病《おくびょう》で、びくびくしていると、西瓜《すいか》が、機雷に見えたりするのだ。しっかりしろ。あははは」
パイ軍曹は、笑った。だが、その笑いごえは、あまり朗《ほがら》かであるというわけにはいかず、どっちかというと、とってつけたような笑いごえだった。
それでも、ピート一等兵は、やっと、おちついたようであった。
「なあに、自分は、たいていの物にはおどろきませんが、幽霊ばかりは、にが手なんですよ。あのひきずるような足音、そして地の底から呼んでいるようなあのうつろなこえ、あいつは、まっぴら御免《ごめん》ですよ」
そういいながら、彼はポケットをさぐって、煙草《たばこ》をさがした。だが、煙草は、なかった。
「あれ、煙草がない。しまった、船へ、おいてきた。軍曹どのは、お持ちですか」
「なんだい、煙草か。うん、煙草なら、ここにあるが、まさか、この戦車の中じゃ、油があるから、危くてすえないよ」
「ははあ、なるほど」
と、ピートは、うらめしそうだ。
「あっ、たいへんだ。軍曹どの」
「なんだ、おどかすない」
「たいへんですよ、これ
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