というのは、どうもふにおちませんよ。どうかいってください。われわれは、どんなことをきかされても、尻込《しりご》みをしませんよ。国家へ忠誠をちかいます」
「知らないんだ、本当に」
「ほんとですか。戦車兵が、船にのる場合はどんな任務のもとにおかれるのでしょうか。それを考えてみてください。私だけに、そっといってくだすってもよろしいんですよ。私は、誰にも洩《も》らしませんから。それなら、いいでしょう」
「だめだ。ほんとにわしは知らないのだ。いうときには、皆にいうよ。だってそうじゃないか。中尉だの一等兵だのという区別はあるが、無名突撃隊の一員であることについては、すこしもかわりがないのだからなあ」
 パイ軍曹は、もう口を開こうとはしなかった。だが、彼は、腹の中で舌うちをしていた。
(どこまで強情《ごうじょう》な中尉だろう。よし、今にみておれ。のっぴきならぬ何ものかをつかまえて、これでも話をせぬかと、ぎゅうぎゅういわせてやろう)
 カールトン中尉は、パイ軍曹の横顔をちらりと見て、さりげなく煙草《たばこ》の煙をふーっと吹いた。
「食事です。食事を入れます」
 高声器から、へんななまりの、子供のこえが聞えた。
「おい、皆、そこでストップだ。食事をやってからにしよう」
「よし来た。今日は、どうか、陽《ひ》なたくさいほうれん草のスープは、ねがいさげにして……」
「おいよろこべ」
「なんだ、例のスープか。セロリが入っているんだろう」
「いいや、陽なたくさいほうれん草のスープだよ」
「うわーッ」


   氷山


 アーク号は、全機関に、せい一杯の重油をたたきこんで、全力をあげて吹雪の中を極地へ近づこうと、大骨を折っていた。
 だが、それはほとんど無駄骨に近かった。船はうまい具合に、前進をはじめたかと思うと、またどんどんと後方へ押し戻されて、思うように前進ができなかった。
 あまつさえ、アーク号の危険は、刻一刻とせまってきたようであった。なにしろ、前が見えないのに、どんどん進んでいくのだから、まるで眼の見えない人が、杖《つえ》なしで、崖《がけ》のうえをはしっているようなものであった。
 船橋に立って、外套《がいとう》の襟《えり》をたて、波のしぶきを見つめている船長と一等運転士の顔は、生きた色とてなかった。
「船長。これはもうだめですね」
「うん、だめなことはわかっている」
「ばかばかしい
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