「さあ、パイ軍曹。君に、これがとれるものなら、もっと倍くらいの力を出したまえ」
「な、なにを。うーん」
パイ軍曹は、うんとがんばって、死にものぐるいの力を出して、機銃を前にひっぱったが、機銃はあいかわらず、巌《いわお》のようにびくともしない。軍曹の額《ひたい》からは、ぼたぼたと、大粒の油あせが、たれる。
「力自慢で、わしが負けるなんて、そ、そんなはずはないのだが……」
幽霊は、わざとらしい咳払《せきばら》いをして、
「戦車の中には、食料品が不足だというのに、無駄に、力を出していいのかね」
「えっ」
この戦車の中には、食料品の貯《たくわ》えがないことは、はじめからしっていた軍曹だった。だから、黄いろい幽霊のことばは、パイ軍曹の腹へ、大砲のごとく、こたえた。彼はとたんに機銃から、ぱっと手をはなした。
「それで、もともとだ」
と、黄いろい幽霊は、いった。
パイ軍曹は、なんだか急に、眼の前がくらくなったように感じた。それは、空腹のところへあまり力を出しすぎたためだ。
「君でなくとも、だれがやってみても、この機銃を人力で取りはずすことはできないよ。このとおり、大きな金具で、はさまれているのだからなあ。ほッほッほッ」
黄いろい幽霊は、おかしさにたえられないという風に、大笑いをしたが、軍曹が、うしろをふりかえってみると、機銃のお尻のところが、掩蓋《えんがい》固定の締め金具の間に、うまく挟《はさ》まれていたのである。それでは、軍曹は、堅い鋼鉄と相撲をとるような、とても勝つ見込みのない力くらべを、していたことになる。
「ああッ」
パイ軍曹は、あきれかえって、自分がいやになった。とたんに、からだが綿のように、ふにゃふにゃになったように感じた。
「ほッほッほッ。戦車隊員ともあろうものが、そんな不注意で、御用がつとまるとおもうか」
黄いろい幽霊は、一本するどく、軍曹をきめつけたが、そのときどうしたわけか、地底戦車は、急にかたむきはじめたとおもう間もなく、あっといううちに、大きくでんぐりかえりをうち、とたんに車内の電灯が、すーっと消えてしまった。三人は、それぞれ、南瓜《かぼちゃ》のかごをひっくりかえしたように、ごろごろと投げだされた。さあ、一体、何事が起ったのであろう。
三つの場合
海底は、まっくらであった。
だから、なにごとが起っても、皆目みえなかった。
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