れ」
 軍曹は、ピートの尻をうしろから、どんとつきあげた。ピートは、ばね仕掛《じかけ》の人形のように戦車の中に飛びのったが、そのときまたどどーん、どどーんと、相ついで小爆発が起って、船体がぐらぐらと、動揺した。
「あっ、軍曹どの。早く、こっちへ入って、戦車の扉をしめてください。いよいよ、これは浸水、まぬがれ難《がた》しです」
「そうか。あっ、ほんとだ。それ、そこから海水が流れこんでいたじゃないか、靴をぬいで、どんどんかいだせ」
「軍曹どの、扉を!」
「おお、そうだ。扉を閉めるぞ!」
 パイ軍曹は、力一杯、戦車の扉をばたんと閉じた。
 とたんに、戦車内には、電灯が、ぱっと点《つ》いた。自動式の点灯器がついていたのである。二人は、うれしそうに、あたりを見廻《みまわ》していたが、そのうちに二人の視線が、ぱっと合った。そのとき二人は、べつべつに、同じことを思い出した。
「おい、ピート一等兵。カールトン中尉どのの姿が、見えないじゃないか」
「そうです、軍曹どの。いま、私が申上げようと思ったところです。あなたは、なぜ、中尉を外に置いたまま、その扉をお閉めになったんですか」
「ふーん、失敗《しま》った。おれが悪いというよりも、貴様《きさま》が、たいへんな声を出して、扉を閉めろ閉めろと、さわぎたてるもんだから、とうとうこんなことになったんだ」
「あっ、そうでありましたか。じゃあ、わしがすぐいって、お連れしてまいりましょう」
 ピート一等兵は、奥からのこのこと出てきて、戦車の扉のハンドルをまわそうとしたから、パイ軍曹はおどろいて、ピートの手に噛《か》みついた。


   落下速度


「ああ痛い。軍曹どのに申上げます。軍曹どのは、狂犬病に罹《かか》られました」
 と、ピート一等兵は大粒の涙をはらいおとしながら、叫んだ。
「なにを、このばか者! この扉をあけて、どうしようというのか。この扉をあければ、たちまち海水が、どっと流れこんでくるじゃないか」
「えっ、そんなことはありません。どっと、流れこんでくるなんて、そんな……」
「さっきとはちがうぞ。あれからかなり時刻がたっている。おいピート。この戦車は、もう海面下に沈んでしまった頃だぞ」
 パイ軍曹は、そう叫んで、自分でも、真青《まっさお》な顔になった。
「ええっ、本当ですか、軍曹どの。この戦車は、ついに、海面下に没しましたか」
「大丈夫
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