三十日に及び、まず死亡したものと噂されていたのである。従って、博士に会いたくて焦《こ》げつきそうな焦燥《しょうそう》を感じていた某大国の特使閣下も、この噂に突き当られ、落胆《らくたん》のあまり今にもぶったおれそうな蒼《あお》い顔色でもって、上海《シャンハイ》の大路《たいろ》小路《しょうろ》をうろうろしていたのである。しかし特使閣下は、幸運だった。わたくしという者に、ぱったり行き合ったからである。
「やあやあそこに渡らせられるは……」
と、わたくしがものをいいかけるうちにも、かの特使閣下はわたくしの姿を認め、手に持っていたステッキもウォッカの壜も、鋪道《ほどう》の上に華々しく放り出して、ものも得《え》いわず、いきなりわたくしの小さい身体に抱きついたものである。それは大熊《おおくま》が郵便函《ゆうびんばこ》を抱《かか》えた恰好《かっこう》によく似ていたそうな。通り合わせたわたくしの妹が、後《のち》に語ったところによると……。
「何万ルーブルでも出すよ、君。金博士が生きているということを証明してくれればね」
と、特使閣下は、腕の中のわたくしを、ぎゅっぎゅっと締めつけながら、声をひきつらせ
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