が解けようとしたときに、突然裁判医からのあの電話であった。折角ピストルを土台として積みあげたものが、この電話によって一瞬の間にがらがらと崩れてしまったのである。なんということだ。無駄骨と知らずに、ここまで一所懸命に追って来たのである。
長谷戸検事は、無言で椅子の背を抱えている。今朝からの疲労が一度に出てきたという顔つきであった。ピストルを発見した殊勲の佐々部長刑事は、もっとがっかりした顔になって、開け放しになった口を閉じようともしない。検事の隣の椅子では、大寺主任警部が、これは又今にも怒鳴りそうなおっかない顔であたりを見廻わしている。帆村探偵は、部屋の隅っこで、静かに煙草の煙を天井へふきあげている。
「今日はもう訊問はよそうや。訊問をやっても仕様がない」
長谷戸検事が突然椅子からぴょんと躍り上るようにして立って、そういった。皆は一斉に検事の顔を見た。
「ねえ、そうじゃないか。ピストルで撃たれて死んだのではなく心臓麻痺で死んだというが、それならそれで、裁判医から詳しく説明を受けないことには、われわれには一向に納得が行かない。そして捜査方針を改めて建直さにゃならない。だから訊問も捜査も一応中休みとして、明日の午前、裁判医を僕の部屋へ呼んで聴くことにする。時刻は九時半としよう」
検事のこの言葉に、一同は肯いた。
「検事さん。土居三津子が今護送されて、この邸へ到着する筈ですが、これはどうしますかね」
大寺警部が訊いた。
「それも同じことだ。死因がはっきりしないのに、その女を訊問しても仕様がないからね」
「ははあ」
大寺警部はちょっと不満のように見えた。
「じゃあ訊問しないで、廻れ右を命じますね」
検事は返事の代りに、首を縦に振った。
「分っているだろうが、事件の関係者はこの邸から外へ出さないことだ。亀之介、小林トメ、芝山宇平、本郷末子の四人だ。いいね」
現場係の巡査部長が、畏ってそれを承知した。それから長谷戸検事は、部下をひきつれて真先にこの邸を出ていった。帆村は椅子から立って、検事に軽く礼をしたが、検事はそれに気がつかないのか、すたすたとこの部屋を出ていった。
次に大寺警部の一行が帰り仕度を始めた。それについて帆村も一緒に部屋を出た。玄関のところで帆村は呼びとめられた。友人の土居が待っていたのだ。
「どうしたんだ。妹がここへ送られて来るという話だけれど、どうなるんだ」
土居は心配を四角い顔一杯にひろげて、帆村にきいた。帆村はその訳を話してやった。
「そうか。すぐ警視庁へ送りかえされるのか。どうだろう、その前ここでちょっと妹に話が出来ないだろうか」
「駄目だろうね」
帆村は気の毒そうに応えた。
「それに、こんなところで話をすると、後で検事の心証を害する虞れがある。適当な時に弁護士を立てて、それを通じて面会するのがいいね」
帆村は正しいやり方を薦めた。警部たちが門を出ようとしたとき、三津子を護送した本庁の幌自動車が警笛をならして門内へ入ろうとしたので両者が鉢合わせとなった。土居が自動車の方へ駈出して行ったので、帆村もすぐその跡を追った。警部は、停った自動車の中へ二言三言いった。すると自動車はそのまま邸内の庭へ入って来て、ぐるっと一廻りをすると門から出て行った。帆村は土居の腕をしっかり抑えながら、それを見送った。薄暗い自動車の中に、三津子に違いない女性の姿がちらりと見えた。向こうでも気がついたか、三津子は座席から前へ乗り出したが、そのときはもう兄や帆村が見えない角度になってしまっていた。帆村は土居の肩を叩いて、自分と一緒に事務所へ来るようにといった。
帆村の事務所(一)[#「(一)」は縦中横]
事務所の扉を開くと、帆村を助手の八雲千鳥が出て来て迎えた。
「いらっしゃいまし」
と、土居の方へ挨拶をした。それから無言で帆村の方へ頭を下げた。
「何も用事はなかったんだね」
「はい。別にお知らせするほどの急ぎものはございませんでした。もう現場の方はお済みですか」
「今日の方はお仕舞となった。……で、君は僕が何処に居たか、知っているのかい」
帆村の眼が悪戯児《いたずらっこ》のように光った。
「先生、そんなことぐらい、ちゃんと分っていますわ」
八雲千鳥は、遠慮がちに笑って、帆村の顔と客の顔を見た。
「じゃあ訊くが、何処だい」
「旗田さんのお邸でしょう」
「その通りだ。――でどうしてそれが分ったのかね、僕は何も君へノートを残して置かなかったのに……」
「ノートを残していらしったじゃございませんの」
八雲助手の声に、得意の響きがある。
「はてね」
「灰皿に真黒焦げになって紙の燃え糟がございました。その燃え殻の紙には、鉛筆で書いた文字の痕が光って残っていました。鉛筆は石墨ですから、火で焼いても光は残って居るわけでご
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