することであろうか。
「君は、花活にピストルを入れに来た人間を見なかったのですか」
帆村は、さっきもちょっと口にしたことを表立った問題として訊いた。
「いいえ、見ませんでした」
芝山は否定した。
「君は、亀之介氏が帰って来たのを知っていますか」
「はい、存じて居ります」
「亀之介氏は、階段の下で、小林さんに冷い水を大きなコップに入れて持って来いと命じたが、その声を聞かなかったですか」
「はい、確かに聞きました。わしはおトメさんの蒲団の中にいながら、外の方に聞き耳を立てていましたから、それを確かに聞いたです。そしてそのあとおトメさんが勝手元の方へ行った様子ですから、これはあぶないぞと思いました」
「なるほど。それで……」
「それでわしは、すぐ蒲団から出るとわしの枕を抱えて、押入れの中に逃げこみました。そして蚊帳《かや》を頭から引被って、外の様子に聞耳を立てていました」
「すると、どうしました」
「すると、誰かが戸を開いて、部屋へ入って来た様子です。それはおトメさんではない。おトメさんなら、すぐわしを呼ぶ筈です。何しろ蒲団の中にわしの姿がないんですからなあ。……ところが、入って来た者は、何にも声をかけないのです。しばらく部屋の中を歩き廻っているらしかったが、そのうちがちゃんと音がしました。瀬戸物の音です。瀬戸物に何かあたる音でしたがなあ、確かに聞いたのですよ」
「どの辺りにその音がしましたか。花活のある辺りではなかったでしょうか」
「そうかもしれません。いや、確かにその方角でした。……それから間もなくその人は部屋を出ていきました」
「結局その謎の人物は何分ぐらい部屋にいたことになりますか」
「さあ、どの位でしょう。気の咎めるわしにはずいぶん永い時間のように感じましたが、本当は三十秒か四十秒か、とにかく一分とかからなかったと思います」
「その者が部屋を出て行く時、君はその者の顔か姿を見なかったのですか」
「いいえ、どうしまして。わしはもう小さくなっていました。それからしばらくして、外に――階段の下あたりに、おトメさんの声がしました。それから暫くたって、今度はおトメさんが本当に部屋に入って来たらしく、入口に錠を下ろし、それから上へ上ってから、『おやお前さん、どこへ隠れてんのさ』といいました。そこでわしは、枕を抱えて押入れから出ました。おトメさんはおかしそうに笑っていました」
「もうよろしい、そのへんで……」
と、帆村は芝山の陳述を押し止めた。そして一先ず元の部屋へ引取らせた。
芝山が退場すると、長谷戸検事以下の全員が帆村探偵の方を向いて、破顔爆笑した。芝山に小林との情事をぶちまけさせたのが、面白かったのであろう。帆村はわざとしかつめらしい顔で一同の方にお辞儀をした。
そして口上を述べた。
「今ごらんに入れたのが第二幕でございました」
検事がにこにこ顔で、軽く拍手した。検事の屈託のない人柄を、帆村は以前から尊敬していたので、もう一つお辞儀をした。
「帆村君の見せてくれるものは、これで終ったのかね」
と大寺警部が聞いた。警部もいつになく弛んだ顔をしている。
すると帆村が、警部の方へ向いていった。
「いや、まだ第三幕以下がございます。しかし第三幕は、僕が出しません。そのうちに他の人が、その幕を揚げてくれる筈でございます。暫くどうぞお待ち下さい」
そういっているとき、奥から警官が急いで入って来た。
「只今、裁判医の古堀博士からお電話でございまして、旗田鶴彌の解剖は終りましたそうで……」それから警官はメモの紙片の上を見ながら「旗田鶴彌の死亡時間は午後十一時三十分前後で死因はピストルの弾丸ではなくて、心臓麻痺だそうです。詳しいことは、明日報告するといわれました。おわり」
旗田鶴彌の死因は、ピストルの弾丸ではなくて、心臓麻痺だ――と古堀裁判医がいったというのだ。
「そ、そんなことがあるものか」
と、大寺警部は腹立たしげに叫んだ。
「ふしぎだ、ふしぎだ」
と、長谷戸検事も俄かに信じかねている様子だった。他の係官も、事の意外に呆然としている。只、帆村荘六だけが、にやりと笑って、シガレット・ケースを出して、しずかに指先にその一本を抜きながら、
「第三幕です。これが第三幕です」
と、呟くようにいった。
護送車
まことに意外な裁判医の報告だった。
被害者旗田鶴彌は後頭部を撃ち抜かれて死んでいたのに、裁判医は「死因はピストルの弾丸ではない、心臓麻痺だ」といって来たのである。これでは長谷戸検事たちの困惑するのも無理ではない。一発弾丸を発射してあるピストルが家政婦小林トメの部屋の花活の中から発見せられ、これこそ事件の最有力な鍵として検事たちを悦ばせ、捜査と関係者訊問はそのピストルを中心に結集せられていたのであるが、大体その謎
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