いいかけて亀之介は消えかかった葉巻を口に啣えて何回もすぱすぱやり、やがて多量の紫煙をそのあたりにまきちらした果に「弟である私の口からいうのは厭なことなんだが、兄貴と来たら昔からだらしがないんでしてね。殊に婦人のこととなると、世間様の前には出せないことがいろいろあるようですテ。とにかくこの邸宅をめぐって、猥雑な百鬼夜行の体たらくで……でしょうな。まあよく調べてごらんになるといい。あの家政婦の小林でもですよ、どこかを探せば男の指紋がついていないともいえないんですよ。あの女は五十に近いくせに、寝るときにゃ化粧なんかしているんですからね。正に百鬼のうちの一鬼たるを失わずですよ、はははははは」
 亀之介の口から家政婦に対しての不利な言葉が吐かれた。長谷戸検事は、予ねて待っていた筋にぶっつかったような気がした。彼は土居三津子を真犯人と決定することについてどうも乗気でないのであった。その理由は判然《はっきり》しないが、もちろん確たる反証があるわけではなく、ただ漠然たる感じとして、三津子を犯人に択ぶには物足りなさがあったのである。この点は大寺警部とは全然反対であったが、さりとて三津子を容疑者外として扱うつもりはない。証拠さえ集って来るなら、いつでも三津子を見直す用意があった。しかしながら今も述べたように三津子という女を真犯人として扱うにはどうも物足りない感じがしてならない。この事件の底には、もっともっとねばっこいものが存在しているように思われてならなかった。折よくというか、亀之介の申立によって、そのねばっこいものが水面から頭を出し始めたように思う。つまり亡くなったこの邸の主人鶴彌と家政婦小林とそして亀之介の三角関係というようなものが存在し得るのではないか――。
「すると、婦人関係の怨恨でもって御実兄は、殺害されたとお考えなんですね」
「いや、それは私の臆測の一つです。私がちょっと気がついたのはそれだというだけのことです。私は兄貴の事業のことや社交のことを全く知らんですが、もしその方を知っていれば何かお話出来るかもしれませんが、まことにお気の毒です。兄貴は全然そういうことを私に窺わせなかったのですからね」
「遺産のこともですか」
 検事のこの訊問は亀之介の胸を貫いたと見え、彼は大きく口を開いて喘いだ。だが間もなく彼は口を閉じ、苦がり切った。
「遺産がいくらあるか、そんなことを私が知るものですか」
「遺産は、誰方が相続することになっていますか」
 検事の追及は急だ。
「知りませんね。ひとつ兄貴と関係のある弁護士の間を聞き廻って下さいませんか。そうすれば遺言状があるかも知れませんからね」
「戸籍面から見ると、あなたが相続されるのじゃないですか」
 検事は、悪いことではあったけれど、ちょっと知らないことだが鎌をかけて訊いた。
「私じゃないです。兄貴の庶子に伊戸子という女の子が出ていますよ。よくお調べになったがいいでしょう」
「なるほど」検事は失敗《しま》ったと思って冷汗をかいた。「そのイト子さんは、今どこに居られますか」
 転んでも只は起きない性分の長谷戸検事であった。
「知らんですなあ、兄貴の痴情を監視するつもりはなかったもんですからね」
 検事は亀之介から連打されている恰好であった。すると傍にいた大寺警部が、横合から亀之介に声をかけた。警部は検事の痛打を見るに見かねて、ここで一発亀之介に喰らわさねばと飛び出したわけである。
「あんたはそのイト子という婦人を見たこともないんですか」
「さあ、どうですかねえ」
「見たか見ないか、はっきり答えて下さい」
「見たかも知れず、見ないかも知れない――おっと怒鳴るのは待って下さい。私はこれが伊戸子だと正面から紹介されたことはない。しかしいつどっかで、その伊戸子という婦人を見たかも知れませんからね。例えば兄貴のところへ忍んで来る女の中に伊戸子が交っている場合もあり得るわけですからね」
「ずいぶんひねくれたいい方をするのが好きなんだねえ」
 と、警部は忌々《いまいま》しげにいった。
「ひねくれているわけではありません。私は何事もはっきりさせたいから、正しいいい方をしているわけです。しかるに……」
「ああ、もうそのへんで結構です」と検事がいった。「また後で伺うことがあると思いますから、今日はこの家の中だけでお暮し下さい」
 そういって検事は、警官のひとりに合図を送った。
 亀之介は、火の消えた葉巻煙草にライターの火を移した上で、悠々と椅子から立上って警官のうしろについて広間を出た。

   意外な発見

「いやにひねくれた奴ですなあ」
 大寺警部は戸口の方をちょっと流し目で見て、呆れたような声を出した。
「ああいう態度は損なんだがねえ……」
 と、検事は忘れていた煙草を今思い出したという風にポケットから出して口に啣え
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