顔をじっと見詰めた。家政婦はこのとき不用意に検事と視線を合わせたが、慌てて目を下に伏せた。
「例の娘が、昨夜この邸へ来たことを自分で告白しているが、君はそのことについて何にも述べていないね。つまり何時来て、何時帰ったとかいうことを述べていないじゃないか。これはどうしたのかね」
検事からそういわれたとき、家政婦の面が急に和らいだ。
「それは私が全く存じないことでございました。娘さんが、昨夜来たと仰有ったので、始めて知りましたようなわけで……何しろ私が玄関の錠を外しませんでも、その娘さんは玄関を開けて入って来る方法をご存じなんでございます、現に今朝も私の傍へ来て愕ろかせましたが、そのときも娘さんは同じ方法で勝手に入って来たんでございますよ」
家政婦は意外なことをべらべらと喋った。
「それは一体どういうわけだい」
と、検事もこれには目をぱちくりとやった。
「さあ、私は少しも存じませんでございます。そのことは旦那さまにお聞き下さるか、その娘さんが正直に申すようならその娘さんにお聞きになれば分ると思います」
そういった家政婦の表情には、意味ありげな笑いさえ浮んでいた。彼女が始めて見せる笑いの表情だった。
検事は大きく目玉を動かして、大寺警部の方を見た。警部はさっきから退屈げに煙草をふかし続けていたわけであるが、このとき椅子の上に腰を揺り直して、
「検事さん。土居三津子は昨夜九時三十分頃この邸へ来て、そして十一時にこの邸を出ていったと申立てています。この間、実に一時間半です。そこに冷くなっていた先生も仲々大した手際ですよ」
といった。
「ふうん、十一時に帰ったというんだね」
検事は家政婦の方へ向いて「ねえ小林君。その娘は、十一時にこの邸を出ていったそうだが、そのとき娘は一旦外へ出てから扉に鍵をかけることが出来るのかね」
「いいえ、それは出来ませんです。……私ははっきりしたことを存じませんですけれど」
「だが、君はそれだけ知っているじゃないか、外から玄関を明ける方法のあること、内から外へ出るときは内側から錠を下ろさねばならないこと。それだけ知っているんなら、その方法を知らない筈はない」
「いいえ、私は誓って申します。そんなからくりは存じません」
「じゃあ、さっきいったことを知っているのは、どうしたわけだ」
「はい、それは……」家政婦は苦しそうに目を瞬いて「実は、私が旦那様に内緒で、奥から隙見して居りますと、ちゃんと外から女が入って参りますし、またその女が帰るときは旦那様が玄関までお送りになって錠を開いて女をお出しになり、それから旦那様が錠をおかけになりました。一度私は、女が旦那様の居間へ入りました直後に、玄関の扉の把手に手をかけて、開くかどうか験してみましてございますが、それは駄目でございました。開きませんでございました、はい」
「おいおトメさん。じゃあお前は、あの土居三津子がこの邸へ入って来るところも、出て行くところも見て知っていたんだな」
と、大寺警部が立腹して怒鳴った。
「いいえ、いいえ。私が見ましたのは昨夜のことではなく、あの娘さんのことではございません。もっと前のこと、そして外の女のことでございました。昨夜のことは全く存じません」
家政婦は小さくなって激しく弁解した。
すると検事が、また口を開いた。
「玄関の扉にそういう仕掛があるとしたら、主人の弟の亀之介は、いつでも外から自分で扉を開いて邸の中へ入って来られるわけだね。そうじゃあないか」
「いえいえ、旦那様は弟御さまに、そんな秘密な扉のあけ方をお教えになっていませんのでございます。というのは、旦那様は弟御さまを……」
と、そこまでいったとき、突然そこへ大声をあげて入って来た姿のいい紳士があった。
「やあお呼び下っていたのに、とんだ失礼を。すっかり寝坊をしてしまって、何から何まで申訳ないことばかり……僕が亀之介です。小林にはどうも評判のよろしくない人物です。どうぞよろしく」
彼はそういって、検事の前まで割りこんでいって、
「ああ、私はここで煙草を吸っていて、さしつかえありませんでしょうか」
と、葉巻をきざな恰好で指で摘んで、検察官たちをぐるぐるっと見渡したものである。
庶子何処
玉蜀黍《とうもろこし》の毛みたいな赤っぽい派手な背広に大きな躰を包んだ旗田亀之介だった。頭髪はポマードで綺麗になでつけてあるが、瞼も頬も腫れぼったく、血の気のない青い顔をしているのは、彼が相当の呑み助であることを語っている。時々胸のポケットから若い婦人が持つような柄のハンカチーフを取出して顔の下半分に当て、その中で変な声を立てる。昨夜来の痛飲でよほど胃の工合が変だと見える。
「煙草はお吸いになって居て結構です。どうぞ、そこへお掛け下さい。そしてお話を伺いましょう」
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