、部屋の中が暗いものですからさっき私が開放させたのです。しかし現場見取図や写真などには、ちゃんとカーテンが閉っているところが記録してあります。ただ、そのことをちょっと検事さんにお話することを失念していました。どうか一つ……」
警部は軽く頭を下げた。検事は苦がい顔になって、警部を一瞥した。
「私が来るまでは、現場はすべてそのままにしておいて貰いたいね」
「はあ。失礼しました。しかしカーテンを開かないと取調べにあまり暗かったものでございますから……」
警部は弁解をしながら顔をふくらませている。
「するとあの窓はどうだね。開いていたのか閉っていたのか」
検事は色をなして開いている左の窓を指した。
「私は窓には指一本触れていません。さっきごらんになりました現場見取図にも、あの窓があの通り明いていたことはちゃんと出て居ります」
「図面は見ているが、ちょっと君に確めてみたかっただけのことだ」
その家政婦が、突然きゃっと叫んで、後へ飛びのいた。同時に驚いた検事と警部の鼻さきへ、紐に結えて吊下げられた大きなどぶ鼠がゆっくりと出て来た。帆村荘六が指さきに紐をひっかけて、検事と警部の間へ鼠の死骸をさしだしたのである。
「検事さん、この鼠を頂いて、持出してもようございますかね。裁判医の古堀先生が、この鼠にもう一度ゆっくり逢いたいといって居られるもんですから、先生の方へお届けしたいと思います」
濡れている鼠の死骸の尻尾からぽたぽたと水が垂れている。
「いいです、いいです、早くそちらへ片づけて……」
検事は身体をうしろへそらせ、手まねで早くむこうへやれと促した。傍にいた警部は指で自分の鼻孔をおさえた。帆村はいんぎん[#「いんぎん」に傍点]に一礼をして、鼠の死骸を指先に吊り下げたままゆっくりと戸口の方へ歩いていった。
鼠の死骸が割込んだために検事と警部との間にあった鋭いものが解け去った。両人は互いに顔を見合わせて、苦が笑いをした。そして家政婦の訊問が再び進められたのだった。
奇妙な錠前
「昨夜の九時五分に、君は主人の居間へ夜食を持って行った、と君はいった。それから今朝になって主人の死が発見されるまで、君はどうしていたか」
長谷戸検事の訊問が、家政婦小林トメに再び向けられた。
「はい」
小林トメは返事をしただけで、下を向いて後を続けない。
「どうしたんだ、昨夜の九時五分以後は……」
「はい。私は自分の部屋へ引取りまして、そして睡りましてございます。あのウ……」
家政婦は途中でいい淀んだ。
「隠さないで、はっきりいわなきゃいけないね。たとえ誰に迷惑が懸りそうなことであっても」
「はい」家政婦は検事の言葉にぴくりと肩を動かしてから「あのウ、旦那様の弟御さまの亀之介さまが二時にお帰りになりまして、玄関のベルをお押しになりました。そのときだけ私は起き出しまして、亀之介さまを家へお入れいたしました。その後は又寝床に入りまして朝までぐっすり寝込みましてございます」
「それから……」
「それから朝になりまして、五時半に起きましていつものように朝食の用意にかかりましてございます。すると誰か入って来まして声を私にかけた者がございます。見ますと、それが……それが例の娘さんなのでございました」
「ふん、土居三津子だったのか」
「はい」
「それは何時かね」
「六時過ぎだと思いますが、正確には憶えて居りません」
「土居三津子は、君に何といったか」
「昨夜ハンドバグを御主人の部屋に置き忘れて帰ったので、それを返してもらいたいと仰有《おっしゃ》いました」
「土居三津子がはっきりそういったのだね、昨夜主人に会ったことも、自分が主人の居間へ通ったことも認めたんだね」
「さようでございます」
「で、君はどういったのか」
「それはお気の毒ですが、旦那さまは只今おやすみ中ですから、お目覚めになるまでお待ちになって下さいと申上げました」
「ふむ。すると……」
「すると娘さんは、すぐ戻して欲しいのだが、鍵で扉をあけて居間へ入れてくれといいました。もちろん私はそれを断りました。居間の扉を開く鍵は私が持って居りませんので」
「娘はどうしたかね」
「では仕方がないから、御主人がお起きになるまで待たせて下さいといいました。私はそれではどうぞ御随意にと申して、あとは私の仕事にかかりました」
「それから……」
「それから……そのうちに芝山宇平さん――爺やさんです――芝山が出て来る、お手伝いのお末さんが出て来るで、賑やかになりましたが、そのうちに爺やさんが、どうも旦那さまの居間がおかしいぞということになり、それから……」
「ちょっと待った、それからのことは大寺警部に話したとおりだろうから、よろしい。ところで、ちょっと腑に落ちないことがあるんだ、小林さん」
検事はそういって、家政婦の
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