出した不運な溝鼠が、鶴彌氏に殉死してしまったというわけなんですが、如何ですな」
「大いへん面白い御創作ですね。どこかの懸賞小説に投稿なさるといいですなあ」
「その書簡箋に書いてあった文面が、また興味あるものなんです。こう書いてありましたがね、“告白書。拙者乃チ旗田鶴彌ハ昭和十五年八月九日午後十時鶴見工場ニ於テ土井健作ヲ熔鉱炉ニ突落シテ殺害シタルヲ土井ガ自殺セシモノト欺瞞シ且ツ金六十五万円ノ会社金庫不足金ヲ土井ニ転嫁シテ実ハ其ノ多クヲ着服ス、其後土井未亡人多計子ヲ色仕掛ヲ併用シテ籠絡シ土井家資産ノ大部分ヲ横領スル等ノ悪事ヲ行イタリ、右自筆ヲ以テ証明ス。昭和十六年八月十五日、東京都麹町区六番町二十五番地、旗田鶴彌印”――というんですが、これは如何です」
帆村はメモを見せながら訊いた。亀之介は、ふふんと鼻で嗤《わら》った。
「兄貴は悪い奴ですね」
「こういう貴重な告白書が缶詰の中に入って届けられたものですから、鶴彌氏としては狂喜して、早速それをその場で火をつけて焼き捨てたのですが――まさか自分の書いたその告白書にいつの間にか猛毒ケリヤムグインが浸みこませてあったとは知らず、鶴彌氏は狂喜の直後に地獄へ旅立ったという――これは如何です。御感想は……」
「なかなかお上手ですな、小説家におなりになった方が成功しますね」
帆村は肯いて、メモをポケットに収った。
「それでは失礼ですが、あなたの左のポケットに入っているハンカチーフをお見せ願いたいのですが……」
亀之介はぎょっとして立上った。帆村もまた立上った。亀之介は、あたりへ急いで目を走らせたが、戸口のとこへ、さっきの警官を始め二名の新手の警官が現われて、しずかに中へ入って来た。
「失礼ながらさっきあなたが黒い灰をハンカチーフにお収いになったことは、進藤君――そこに居る警官が、あそこの洗面所のカーテンのうしろから一伍一什拝見していたんですよ。うまく掏《す》りかえたおつもりでしたね」
これは亀之介への止めの刃であった。
「これが欲しいのならあげますよ」
亀之介は観念したものか、太々しくいって、ポケットからハンカチーフ包をとりだして帆村の方へ差出した。
「だがね帆村君。中の灰はこのとおり微粉状になっていますよ。お気の毒ながら、さっき読んだ告白書の文句も見えず、それから……」
「それからケリヤムグインも燃焼して、その痕跡も残っていないと仰有るのですか」
帆村はぐっと唇を横に曲げた。
「そういう御心配があるのなら、あとから御覧に入れましょう。あなたのお取替になった黒い灰は、あれは僕があとから拵えておいた第二世なんです。第一世は、灰の形もくずさず、硝子の容器におさめて、あっちに保存してあります」
「えっ」
「もちろんその灰に、紫外線をかけましてね、さっき読み上げた告白書の文句を読み取ったのです。それからあなたさまにはたいへんお気の毒ながら、その告白書の一部が燃え切らずに残っていましてね――あの黒い灰を灰皿から横へ移してみて始めて分ったのですが、灰の下に、一枚の切手位の面積の燃えない部分が残っていたのですよ。それを分析して――なにをなさる」
「は、はなせ」
亀之介は、椅子を台にして窓の枠へとびのり、外へ飛び下りようとした。が、警官が素早くその片足をつかまえてしまった。
「身体検査をして下さい。心配ですからねえ」
帆村はそれを頼んだ。亀之介の身体は厳重に調べられた。
「そこに妙なところにポケットがある。なにか入ってやしませんか」
「あ、ありました。薬の包らしいが……」
亀之介はそれを取戻そうとしてもがいた。しかしそれは帆村の手に渡った。
「ああ危かった。これが例の猛毒ケリヤムグインらしい。これをこの部屋で煙草でも交ぜて燃されるものなら、この人と一緒にわれわれも一緒に[#「この人と一緒にわれわれも一緒に」はママ]無理心中というわけだ。おお、あぶなかった」
警官たちは目をぱちくり。
「すると――すると当人の持っている煙草もみんな危険物なんですね」
「そうです。煙草もみんな押収しておかれたがいいでしょう」
このとき亀之介の手首には、手錠がかかった。彼は椅子にどっかと尻を据え、自由な方の手で、自分の頭を抱いた。
呪わしき人々
事件は解決したのだ。亀之介は、鶴彌殺しの犯人容疑者として本式に拘引された。それから取調べによって彼の犯行たることは十分確実となった。
それはそれとしてこの物語の上では、まだ書き足りないところがあるようだから、それを補足しておきたい。帆村は、長谷戸検事たちと一緒に、お手伝いお末のアパートへ出発しながら、いつの間にか旗田邸に戻っていた。そのわけは、帆村が旗田邸内にトリックを仕掛けておいたので、それにひっかかる相手の様子を見るために、自動車が通りへ出ると間もなく車
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