知らないと、頑張りつづけて居ります」
「いえ[#「いえ」はママ]。ピストルなんか知らないとね。なるほど、そうかね。……で、君がその婦人を容疑者とした理由は?」
 検事は、警部の顔を興深げに見る。
「はい。それはいくつもの理由がございますが、まず第一に、その婦人は今朝この邸に居たこと。第二に、その婦人の名刺の入っているハンドバグが、被害者のかけている椅子の中にあったこと。これを詳しく申しますると、現に被害者の屍体は、その尻の下にそのハンドバグを敷いて居ります。始め私は椅子の背中越しに中を覗きこんだところ、それを発見したのでありました。第三には、その婦人は昨夜の現場不在証明をすることが出来ないでいるのであります。なお、これからの捜査によってその他の有力なる証拠が集ってくるだろうと思われます」
 大寺警部は、いくぶん得意にひびく自分の語調に気がついたか、顔を赧らめた。
「犯人は、この家の外部の者だという確信があるらしいが、それは何か根拠のあることかね」
 検事はちょっと皮肉を交ぜていった。
「犯人がこの家の外部の者だと、そこまでは私はいい切っていませんのですが、何分にもハンドバグが屍体の尻の下にあり、そのハンドバグの持主が今朝もこの邸に居わせましたんで、その婦人――土居三津子を有力なる容疑者に選ばないわけには行かなくなりました」
「なるほど。そうすると、土居三津子がどういう手段で旗田を殺害したかという証拠も欲しいわけだが、それは見つかったかね」
「それは、さっきも申しましたが、土居三津子はピストルを持って居りませんので、そのところがまだ十分な証拠固めが出来上っていません」
「ぜひ、そのピストルを早く探しあてたいものだね」といって検事はちょっと言葉を切ってから、誰にいうともなく「犯人は、たしかにわれわれに挑戦をしている。不都合な奴だ。だが、およそ犯罪をするには必然的に動機がある。その動機までを隠すことは出来ないのだ。今に犯人は歎くことであろう」と呟くようにいった。
「その外に何か差当りのご用は……」
 と、大寺警部が、遠慮がちに訊いた。と、長谷戸検事は、われに返ったように大きな呼吸をして、警部の方へ振向いた。
「大寺君。この家には、被害者の外にも同居人が居たんだろう」
 検事の質問には、言外の意味が籠っているようであった。
 それに対して警部は、同じ屋根の下に寝泊しているの
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