へ、葉巻の灰を指先で叩いて落とした。しかし灰は、まだいくらも先についていなかった。
「簡単なことをお訊ねいたしますが」
と帆村は丁重に口を切った。
「昨夜この邸へお戻りになったとき、玄関の扉を開けてあなたをお入れしたのは、家政婦さんだったそうですね」
「そのとおり」
「家政婦さんはどんな服装をしていましたでしょうか」
「はははは」と亀之介が突然笑った。
「醜態でしたよ。上に錆色のコートを着、裾から太い二本の脚がにゅっと出ていました。そして当人は気がつかないらしいが、後から赤い腰紐が、ぶらんとぶら下って床に垂れているんです」
家政婦の寝呆け姿が目に見えるようであった。他の人々も、帆村の訊問に興味を持って耳を欹《そばだ》てる。喋り手はますます得意になって、
「よく見ればね、小林はコートの下に長襦袢を高くからげて、腰紐で結えていたんですよ。なぜそんなことをしているか。はははは、これが面白いんだ。僕はこの目でちゃんと見てやったですがね、小林の婆さん、年齢甲斐もなく、下に娘のような派手な長襦袢を着ているんですよ。しかもどうやら長襦袢の下はノー……いや、もう他人の話はその位にして置きましょう。恨まれるといやだから。はははは」
聴き手たちは、もっとその上の話を聞きたそうな顔であった。帆村は、それをくそ真面目な顔で、一々肯いていたが、そこでいった。
「なるほど。それからあなたはどうしなすったんですか」
「それから? それから僕は二階へ上って自分の部屋へ入り、ぐっすり寝ましたね」
「ああ、ちょっと。その間になにか、なさったことはありませんか」
「その間にですか? ありませんね、何にも……」
「お忘れになっているんでしょうね、あなたは家政婦に冷い水を大きなコップに一杯持ってくるようにお命じになった」
「ああ、そんなことですか」と、亀之介は歯牙にもかけないような顔をしたが、しかし彼の語調に狼狽の響きがあった。「ひどく酔っていたもんで、咽喉がからからなんです。ですから小林に水を貰って呑んだように思います」
「腰紐がぶら下っていることや、なまめかしい長襦袢のことはよく覚えていらっしゃるのに、水を貰って呑んだことは記憶がぼんやりしているのですね」
「それは皮肉ですか、こっちは正直に話をしているのに……」
「いや、あまり気にしないで下さい。そして家政婦が水を大きなコップに入れてくるまで、ど
前へ
次へ
全79ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング